10月14日


 老乳母が「気づいたἔγνω」その認知の瞬間に、物語の進行は中断し、脱線してその傷痕の由来が語られる。その傷はかつて若きオデュッセウスが母方の祖父アウトリュコスのもとで猪狩りをしたときに負ったものだった、と。

そして更に脱線し、その祖父アウトリュコスがオデュッセウスの名付け親であり、オデュッセウスと名付けた経緯が語られる。即ち、命名を頼まれたアウトリュコスはこう応えたのだった。


Πολλοῖσιν γὰρ ἐγώ γε ὀδυσσάμενος τόδ᾽ ἱκάνω,
ἀνδράσιν ἠδὲ γυναιξὶν ἀνὰ χθόνα πουλυβότειραν: (19-407,8)

わしは沢山の人に憎まれて(オデュッサメノス)現在に至ったのである故

多くを養う大地の上で男達と女達(沢山の人)に


τ
ῷ δ᾽ Ὀδυσεὺς ὄνομ᾽ ἔστω ἐπώνυμον: ・・・ (19-409)

その故オデュッセウスと(それに)ちなんだ名をつけるがよい・・・


 この祖父アウトリュコスは多士済々のギリシア神話の中でも一、二を争う狡猾者、大いに憎まれてもいただろう。しかしだからといって孫に「憎まれ者」と名付けるとは、それだけアウトリュコスは奇人だったということか。しかしそれにしても、孫の両親もそれに反対した風がない。どうもギリシア神話の世界には現代の感覚からは図りがたいところもある様だ。

 ただその「ちなんだ名ὄνομ᾽ ἐπώνυμον」の故かどうかわからぬが、オデュッセウスが祖父の狡猾さを受け継いでいることは間違いない。


 呉茂一の『ギリシア神話』のアウトリュコスが出てくる箇所を読み直してみる。同じく狡知に長けたシーシュポスとの関わりのくだりが滅法面白い。以下その要約である。

 「この男(アウトリュコス)は親の悪知恵を受けつぎ、牛の姿を自由に変える業を教わっていた。そしてギリシア中の牛を奪って自分のものにしていた。他人が訝しんでも姿が違っているので物言いもつけられない。とうとうシーシュポスの牛にまで手を出し、性懲りなしに繰り返したのでシーシュポスは真相を察知する。シーシュポスは一策を案じ、蹄の間に『アウトリュコスが盗んだ』と彫りつけておいた。まもなく彼の牛が失踪したおり、彼はアウトリュコスの牛の蹄を検べ、容易に自分の牛を見つけ出した。それでアウトリュコスもすっかり彼の狡知に感服し、互いに親友の誓いを交わしたという」

 「アウトリュコスが盗んだ」がなんとも愉快だ。