10月12日
ペーネロペイアは老乳母エウリュクレイアに、オデュッセウス扮する老人の足を洗うように言う。エウリュクレイアは、帰郷が叶わない主人オデュッセウスのことを思って涙し、こう応える。
ὤ μοι ἐγὼ σέο, τέκνον, ἀμήχανος: ἦ σε περὶ Ζεὺς
ἀνθρώπων ἤχθηρε θεουδέα θυμὸν ἔχοντα. (19-363,4)
ああ我が子よ、私はあなたの為にに何もしてあげられません、あなたを誰よりもゼウスは
人間の中で憎んだのです、神を畏れる心を持ったあなたを
νῦν δέ τοι οἴῳ πάμπαν ἀφείλετο νόστιμον ἦμαρ.
οὕτω που καὶ κείνῳ ἐφεψιόωντο γυναῖκες (19-369,70)
いまやあなたの帰郷の日は全く取り上げられてしまいました。
きっとこのように女達は彼を嘲ったことでしょう
ὡς σέθεν αἱ κύνες αἵδε καθεψιόωνται ἅπασαι, (19-372)
丁度あなたをあの犬の如き彼女達が嘲ったように
まず、エウリュクレイアは思いの中で主人オデュッセウスを「あなたの為にσέο」「あなたをσε」と二人称で呼びかけている(363行目)。この思いの中のオデュッセウスに対する二人称使用は、369行目の「あなたのτοι(帰郷)」迄続く。
そして、(370行目で思いの中のオデュッセウスが二人称から「彼をκείνῳ」と三人称へと人称の転換がなされ)372行目では「あなたをσέθεν」の二人称使用が目の前に老人に移っている。
エウリュクレイアはまだ老人の正体を知らないはずだ。しかし無意識の内に、思いの中のオデュッセウスが目の前の老人と一つになっていく。同じ嘲りを受けているのだろうから尚更だ。オデュッセウス認知のクライマックスは近付いている。
今日Leafの『イーリアス』註釈を読んでいて面白い箇所があった。それは戦闘の場面で「δούρατα(木)が鳴り響く」(12-36)の詩句についてで、そのδούραταとは何かを巡ってのことだ。δούραταは「櫓の組木」を指し、石などが当たってそれが鳴ると言うのが普通の解釈。それに対して注釈家アリスタルコスは「(櫓に投げつけられた)木の槍」と解釈している。その解釈をLeafは「Aristarkhos perversely took it to mean spears cast against the towers(アリスタルコスはつむじ曲がりにも『櫓に投げつけられた木の槍を意味する』ととった)」として退けている。perversely「つむじ曲がりに」には思わず笑った。辛辣なことをいうものだ。アリスタルコスはアレキサンドリア期のホメーロス註釈の大家、Leafは現代ホメーロス註釈の大家だ。謹厳を絵に描いたような注釈者も、時に人間的な顔を見せる。