10月9日


 ペーネロペイアは老人の証言が真実であることの確証を得たいと思う。そこで真偽を試す為に、その時オデュッセウスはどんな服装をしていたかと問う。ここでも例の「試しπειρήσεσθαι」だ。

 (オデュッセウス扮する)老人は、オデュッセウスは紫の上衣を纏いそれには黄金の留め金がついていたと言い、そしてその前面に施されていた細工についてこう語る。


ἐν προτέροισι πόδεσσι κύων ἔχε ποικίλον ἐλλόν,
ἀσπαίροντα λάων: τὸ δὲ θαυμάζεσκον ἅπαντες, (19-228,9)

犬が前脚で斑の子鹿を押さえていた

藻掻くのを捉まえて、見るものは皆感嘆しました


ὡς οἱ χρύσεοι ἐόντες ὁ μὲν λάε νεβρὸν ἀπάγχων,
α
ὐτὰρ ὁ ἐκφυγέειν μεμαὼς ἤσπαιρε πόδεσσι. (19-230,1)

黄金でありながら、犬が子鹿を捉まえて締め付けるのに

子鹿の方は逃げようと焦って足をばたつかせていたのです


細工があまりに見事で、今にも本当に動き出しそうだというのだ。黄金による細工も真に迫っていたのだろうが、この一節も言葉による真迫の表現だと思う。「藻掻くのを捉まえてἀσπαίροντα λάων」とか、「逃げようと焦って足をばたつかせていたἐκφυγέειν μεμαὼς ἤσπαιρε πόδεσσι」とか、今にも動き出しそうだ。


今日の一節から落語「ねずみ」を思い出した。

名匠甚五郎が彫ったねずみが、「真に迫った」どころかちょろちょろ動き出し人気者となるという話だ。最後はそのねずみ、別の匠が造った虎を猫と勘違いして動かなくなるというのが落ちである。