10月4日

ペーネロペイアは(オデュッセウス扮する)老乞食に自らの境遇を語る。


  οἱ δὲ γάμον σπεύδουσιν: ἐγὼ δὲ δόλους τολυπεύω. (19-137)

彼らは婚礼を急き立てます、私は策略を巡らせます

たった一行で、対句仕立てで鮮やかに現状を言い切っている。

どんな策略かというと、

ἔνθα καὶ ἠματίη μὲν ὑφαίνεσκον μέγαν ἱστόν,
νύκτας δ
᾽ ἀλλύεσκον, ἐπεὶ δαΐδας παραθείμην. (19-149,50)

そこで、昼間は大きな機を織り

夜は松明を脇に置いてほどいたのでした

それを三年の間続けたと話す。

137行目にある「(策略を)巡らす」と訳したτολυπεύωはもともと「紡ぐために糸を繰る」ことだ。137行目を耳にした時点では「巡らす」という比喩的意味に理解されるのだが、すぐ後で策略の内容が機織りに関わることが明らかになった時点で原義に掛けていることが分かるという仕掛けだ。ここでもオデュッセウスは、ペーネロペイアの策略と話術両方に「さすが我が妻」と喜んだに違いない。

この機織りの策略は興味深い。Joseph Roussoの註には、ペーネロペイアを月に、織っては解くことをその満ち欠けになぞらえる解釈が紹介されている。成る程、月は女性なるものの象徴だ。かぐや姫の例も思い起こされる。

旅行中の日録の旅行記部分加筆を終える。