9月25日


 化粧して広間に出て行くようにと乳母は勧めたのだが、ペーネロペイアは「夫が出征して以後、私に華やかさは無縁です」といって退ける。するとアテーネーはペーネロペイアを睡らせ、その間に彼女に一層の美しさを授ける。

 まずペーネロペイアが女神によって睡りに落ちる様はこう語られる。


εὗδε δ᾽ ἀνακλινθεῖσα, λύθεν δέ οἱ ἅψεα πάντα (18-189)

(寝椅子に)もたれかかって眠りに落ち、全ての節々が弛緩しきった


「全ての節々が弛緩しきった」とは言い得て妙だ。「節々ἅψεα」が効いている。こういう深い睡りが訪れることは稀だ。実際少し先でペーネロペイア自身こう言っている。


ἦ με μάλ᾽ αἰνοπαθῆ μαλακὸν περὶ κῶμ᾽ ἐκάλυψεν.
αἴθε μοι ὣς μαλακὸν θάνατον πόροι Ἄρτεμις ἁγνὴ (18-201,2)

悲嘆に沈む私をなんと柔らかい眠りが包んだことでしょう

このように柔らかい死を尊いアルテミス様が送って下さればよいのだが


稀にそういう睡りを得たときには、確かに目覚めにこう思うことがある。

そして、その睡りの間アテーネーがペーネロペイアにどのように美を授けたかが次の詩行だ。


καί μιν μακροτέρην καὶ πάσσονα θῆκεν ἰδέσθαι,
λευκοτέρην δ᾽ ἄρα μιν θῆκε πριστοῦ ἐλέφαντος. (18-195,6)

そして彼女をより丈高くよりふくよかに見えるようにし

截りたての象牙に優る白さになさった


肌の白さは女性美の基準のひとつであったようだ。これには驚かないが、「より丈高くよりふくよかμακροτέρην καὶ πάσσονα」はどうだろう。大柄も美の要件だったのだろうか。しかも、πάσσοναを「よりふくよか」としたのは若干原義を和らげており、πάσσονα(<παχύς)はもともと「頑丈な」とか「逞しい」とかいう意味で使われることが多い単語だ。

はて、と思いながら調べていたら実は195行目とまったく同一詩行が既に出て来ていた(8-20)。その詩行はアテーネーがオデュッセウスをより丈高く「より逞しくπάσσονα」見えるようにしたのだった(そこで「よりふくよか」とは誰も訳さない)。

そうすると二つの解釈があり得る。

一方は、ペーネロペイアに対するμακροτέρην καὶ πάσσοναはオデュッセウスに対するそれのいわば不用意な流用であり、削除すべきか、あるいはそこまでいわないにしてもあまり拘るべきではないとするもの。

他方は、ペーネロペイアに対するμακροτέρην καὶ πάσσοναもやはり一つの美意識であり、そこに積極的意義を認めるべきだとするもの。

口承の特質やテキストの流動性などを考慮すると前者もあり得る。しかし、両方に関与したアテーネーは、女神でありながら槍と楯を取った立像にも見られるとおり尚武的なところがあり、女神自身μακροτέρην καὶ πάσσοναだった。贔屓の人間を自らに似せることはありそうだ。日本古来の手弱女ぶりでないことは確かだ。ということで後者をとりたい。


今日はトゥルニュから電車で一時間、ディジョンに向かう。

ディジョンはマスタードの産地だ。色々な種類があり、味も色彩も多彩だ。カシス入りまである。フランスのマスタードは旨い。パン、ハム、ワイン、全てに合う。

ブルゴーニュ大公宮殿広場。さすがフランスに対抗した公国だ。パノラマカメラが欲しくなる。

宮殿のフィリップ善良候の塔に上ってブルゴーニュの地を見渡す。三百何十段かある。案内の青年は一日十一回上り下りするという。なかなかのトレーニングだ。

フィリップ「善良候」とは綽名だろうが面白い。原語はPhilippe le Bon。他にも「フィリップ剛胆公Philippe le Hardi」、「シャルル突進公Charles le Téméraire」などがある。ホメーロスにおける枕詞のようなものか。

塔高く秋野三百六十度  拙作