9月23日
オデュッセウスは昨日の人間観を敷衍して続ける。
「(人間は)後々不幸を蒙ることなど決して思わない、神々が幸せを授け手足が動くときには。しかしいったん神々が悲運を実現なさると心ならずも堪え忍んでいく仕儀となるのです」(18-132~5)
ですからあなたは非道はやめて家に帰りなさい、オデュッセウスが帰ってくる前に、と忠告する。この言葉にアンピノモスは不吉な兆しを予感する。
αὐτὰρ ὁ βῆ διὰ δῶμα φίλον τετιημένος ἦτορ,
νευστάζων κεφαλῇ: δὴ γὰρ κακὸν ὄσσετο θυμός. (18-152,3)
すると彼(アンピノモス)は心に悲しみながら広間を歩いて行った
頭を垂れて、たしかに何か悪いことを予感したので
νευστάζωνは頷く仕草に使われる単語だが、ここではがっくりと項垂れるのだろう。アンピノモスはeasy-goingであると同時に気も弱かったと見える。しかしこの求婚者の中ではましなアンピノモスもいずれ死を逃れ得ない。とは言ってもこれは日録筆者が先回りしているわけではない。上記引用に続けて詩人自身が先回りしている。
ἀλλ᾽ οὐδ᾽ ὣς φύγε κῆρα: πέδησε δὲ καὶ τὸν Ἀθήνη (18-154)
それでも彼が死神を免がれることはなかった、アテーネーが彼も捉えたのだった
詩人は物語の前後を自在に行き来する。
トゥルニュの近郊ブランシオン訪問。ここは十数キロ離れているのでやむなくタクシー利用。朝霧の中城砦見学。城は現存のものは好きではない。むしろこんな城跡がいい。しかし全くの緑の丘の中で、何故こんな城が必要だったのかと思う。城入り口で中世の衣裳が並んでいたので何かと思ったら貸し出すのだった。後で家族連れが衣裳を着けて中世人になりきって城跡を巡っていた。子供は大はしゃぎだ。親子共によく似合う。
衛兵の子孫の声や霧の塔 拙作