9月21日
昨日少し先回りして、オデュッセウスがイーロスを倒すところを引用したが、その前の箇所でも見逃せない詩行がある。
オデュッセウスが褌を締めると、逞しい筋肉が露わになる。それを見て見物の求婚者達が言う。
ἦ τάχα Ἶρος Ἄϊρος ἐπίσπαστον κακὸν ἕξει, (18-73)
まったく、イーロス非イーロスは、すぐにも自ら招いた禍を蒙ることになるぞ
「イーロス非イーロス」は日本語になっていないが、 原文Ἶρος Ἄϊρος の直訳だ。言わんとしていることは「散々にやっつけられて原形を留めなくなる」ということだろう。表現が託宣のようで実に面白い。この詩編の「誰か」の問い、「偽装と認知」のテーマも暗示しているかも知れない。
少し先には、あえなく倒されたイーロスを見て求婚者達が「死ぬほど笑いこけた」との詩句がある(18-100)。この原文はγέλῳ ἔκθανονであり、直訳すれば「笑いに死んだ」だ。これなども今後の求婚者達の運命を予告しているかのようだ。
こういう箇所を見ているとホメーロスはつくづく端倪すべからざる詩人だと思う。底知れぬものを蔵している。
夜中零時過ぎ羽田発。同日朝六時過ぎパリ着。気温六度。東京と二十度位も差がある。すぐ列車に乗り換えブルゴーニュに向かう。リヨンで乗り換えソーヌ川に沿って北上。牛がいて土地が広い。北海道の風景に少し似ている。
昼過ぎトゥルニュ着。早速サン・フィリベール教会訪問。十一世紀のロマネスク修道院。この修道院見学は今回の旅の目的の一つだ。積み重ねた薄い石が古色ながら親しみやすい質感を醸している。内陣の柱も丸みを帯びていて暖か味を感じる。柱頭彫刻に聖人フィリベールの像がある。その顔が実にリアルで十世紀頃に間違いなく実在した人の顔だと思う。もう一つ髯のユーモラスな男の浮き彫りがあり、この顔は街路の至る所に標識として埋められている。トゥルニュ町のキャラクターなのだろう。
しばらくは線路に沿ひて秋の川 拙作