9月12日


オデュッセウスは求婚者達に物乞いをして廻る。最後に「なんでこんな奴を連れてきたんだ」と言っていたアンティノオスの所に来る。そしてこれまでアイギュプトス(エジプト)やキュプロスなどをで辛酸を嘗めてきたとの作り話をし、恵みを乞う。このときのアンティノオスとオデュッセウスのやりとりは聞き応えがある。まずアンティノオスはオデュッセウスの物乞いを退ける。俺から離れていろ、さもないと


μὴ τάχα πικρὴν Αἴγυπτον καὶ Κύπρον ἵκηαι: (17-448)

すぐにもお前は辛いアイギュプトスやキュプロス行くことにならんとも限らんぞ


と言って。オデュッセウスの(作り)話をちゃんと聞いていたのだ、その話を利用して脅したわけだ。

対してオデュッセウスはこう切り返す。


οὐ σύ γ᾽ ἂν ἐξ οἴκου σῷ ἐπιστάτῃ οὐδ᾽ ἅλα δοίης, (17-455)

お前さんは家からは物乞いに塩さえもやらないのだろうな


ὃς νῦν ἀλλοτρίοισι παρήμενος οὔ τί μοι ἔτλης
σίτου ἀποπροελὼν δόμεναι: τὰ δὲ πολλὰ πάρεστιν. (17―456,7)

お前さんは今他人の所(の宴席)にいて私に一切

  沢山提供された食物から、取って与えようとしないのだからな


 オデュッセウスのこの反撃は、表向き物乞いとしての施しを惜しむ者への非難であるが、それにかこつけて同時に他人の財産を食い潰さんとしていることにまで攻撃を加えている。言外に主人オデュッセウスとしての怒りが込められているに違いない。

  

 国民詩人という言葉がある。ホメーロス、ダンテ、シェイクスピアなどだが、日本だと誰になるのだろうか。人麻呂か芭蕉がきっと最右翼だ。人によっては西行とか子規とかを選ぶかも知れない。しかし、その詩句が思わず多くの人の口をついて出てくるという観点からは、やはり芭蕉だろう。俳句に関心のある人なら空で十句、二十句出てくるだろうし、そうでなくても日本人なら数句は浮かぶのではないか。