8月28日


さて求婚者達はというと、テーレマコスが無事帰国したとの知らせを聞いて意気消沈し、館の門の前で集会を開く。船で待ち伏せの連中を、不首尾に終わったので呼び返そうかと一人が言う。すると、


οὔ πω πᾶν εἴρηθ᾽, ὅτ᾽ ἄρ᾽ Ἀμφίνομος ἴδε νῆα,
στρεφθε
ὶς ἐκ χώρης, λιμένος πολυβενθέος ἐντός,  (16-351,2)

全て言い切らないうちに、アンピノモスが船を見た

座席から振り向いて、深い入り江の中に


ἱστία τε στέλλοντας ἐρετμά τε χερσὶν ἔχοντας. (16-353)

帆を畳むところで、(まだ)櫂を手にしている


館の門のところからは入り江が望めるらしい。「帆を畳むところで、(まだ)櫂を手にしているἱστία τε στέλλοντας ἐρετμά τε χερσὶν ἔχοντας」など、港に近づいた船の情景が目に浮かぶようだ。

ところで、船を目にしたアンピノモスは笑って「もう誰か使いを出(したりして呼び戻)すには及ぶまい、ほら皆帰ってきた」と言う。何とも気が抜けるような言動だ。殺人を謀りそれが失敗したのに、言うこともそうだが、笑ったりして緊張感に欠ける。滑稽でさえある。

どうしてか、と思っていたらHeubechの註に面白い記述を見つけた。曰く:「アンピノモスは求婚者達の中で最も呑気なeasy-goingな男である」。成る程、そういうこともあるのだろう。求婚者達も一様ではない。悪物の中にも個性があるようだ。これからはそういうところも気にとめていこうと思う。


市川染五郎、舞台から転落して重傷。痛ましい事故だ。そのニュースを来ていたら、あやまって「奈落」に落ちたと言っていた。奈落とは地獄のことだろう、何と大袈裟な、と思ったらそうではなく舞台用語だった。辞書には「劇場の舞台の床下で、せり出しの装置があるところ」とある。暗くて深いから比喩的に奈落といったものだ。染五郎の場合も三メートル位下に落ちたという。踊りの最中だったから身構えも何も出来なかっただろう。

考えて見れば歌舞伎の舞台用語も独特だ。セリ、花道、鳥屋、袖、大向う等々。多くは日常語でも大いに活躍している。