8月22日
テーレマコスは豚飼に、町へ行って母ペーネロペイアに自分の帰国を伝えてきてくれ、他の誰にも気づかれないように、と言う。すると豚飼は応える。
γιγνώσκω, φρονέω: τά γε δὴ νοέοντι κελεύεις. (16-136)
知ってまさあ、考えてますよ。仰ることは先刻承知です
豚飼の人物像がこんな受け応えにも出ている。親密であけっぴろげで敏捷、「合点承知の助」といった調子で、落語にも登場しそうなキャラクターだ。
そして続いて、老ラーエルテース様にはどうしたもんでしょう、あなた様を心配して悲嘆に暮れておられますが、と訊く。するとテーレマコスが応える。
ἄλγιον, ἀλλ᾽ ἔμπης μιν ἐάσομεν, ἀχνύμενοί περ: (16-157)
痛ましいことだ、しかし彼はそのままにしておこう、辛いことだが
εἰ γὰρ πως εἴη αὐτάγρετα πάντα βροτοῖσι,
πρῶτόν κεν τοῦ πατρὸς ἑλοίμεθα νόστιμον ἦμαρ. (16-158,9)
もし人間が万事を選択することができるのであれば
父上の帰国の日を第一に選びたいのだ
そして「お前は彼の所に行かず戻って来るように、彼の所にはペーネロペイアから誰かを隠密裡に行かせればよい」と言う。
158、9行目はどういうことを意味しているのだろうか。諸訳、諸註釈を見ても今ひとつ明確でない。そこで自前の解釈だが、こういうことではなかろうか。即ち、最重要なのは父オデュッセウスの無事な帰国だ、それを確実にするためには豚飼お前が必要だ、老ラーエルテースの田舎に寄っている時間はない、母に伝えたらすぐ私のもとに戻ってほしい、と。
豚飼エウマイオスという人物、これを創造しただけでも『オデュッセイアー』の価値は揺るぎないと思う。この人物像は『オデュッセイアー』の大きな魅力の一つだ。それはあの比類ない『イーリアス』にもないものだ。