8月15日


 豚飼は語る。その理想郷のような故郷から、少年時代に自分を世話をしていた女によって連れ出される。その女はポイニーキア(フェニキア)人で、そこに停泊したポイニーキアの男達に唆されたのだ。また悪人フェニキア人の登場だ。老人に扮したオデュッセウスの作り話の中でもあざといフェニキア人に心ならずも連れて行かれたことになっていた(14-288:7月21日の項)。このフェニキア人像は当時の通念でもあったろうが、それだけではないような気がしてきた。オデュッセウスは詩編の主演男優、豚飼エウマイオスはテーレマコスに次ぐ助演男優だ。その二人によって繰り返されるところを見ると、詩人自身の体験に根ざすフェニキア人像であったかと想像される。

 豚飼はそのようにしてイタケーに連れてこられ、オデュッセウスの父ラーエルテースに売られたのだった。


ὣς οἱ μὲν τοιαῦτα πρὸς ἀλλήλους ἀγόρευον,
καδδραθέτην δ
᾽ οὐ πολλὸν ἐπὶ χρόνον, ἀλλὰ μίνυνθα: (15-493,4)

そのように彼ら(オデュッセウスと豚飼)は互いに話を交わし、

眠ったのは長い時間ではなく、ごく僅か(の時間)だった。


α
ἶψα γὰρ Ἠὼς ἦλθεν ἐΰθρονος. οἱ δ᾽ ἐπὶ χέρσου
Τηλεμάχου
ἕταροι λύον ἱστία, κὰδ δ᾽ ἕλον ἱστὸν (15-495,6)

というのは、すぐよき台座の暁がやって来たからだ。一方、陸に近づき

テーレマコスの一行は帆を解き、帆柱を下ろした


前二行(493,4行目)はオデュッセウスと豚飼の場面、続く二行(495,6行目)は「暁Ἠὼς」を介して、テーレマコス一行の場面だ。振り返ってみればこの第十五歌はスパルテー滞在中のテーレマコスにアテーネーが帰郷を急がせる場面から始まり、中程(15-301行)でイタケーのオデュッセウスと豚飼の場面に転換し、ここで再びテーレマコス一行の場面への転換だ。目まぐるしく転換しながら、実はこうして同時進行の二つの場面が一つになろうとしている。495行目の「陸χέρσου」はイタケーだ。


今日「ネッパッテル」という言葉を初めて聞いた。家内が椅子の背に腕が汗でくっついたことを言ったのだ。確かに今日も湿度が高い。

そこで思い出した。以前同僚が「(書類に付箋を)ネバットイテ」と言ったのを聞いたことがあった。その男は福島出身でその郷の方言だったのだ。家内は北海道出だから方言も近いものがあるのかも知れない。「ネバットイテ」は感じが出ていると思ったが、この「ネッパッテル」もべっとりとくっついた二の腕(あまりぞっとしない景色だが)まで浮かんでくる喚起力ある方言ではある。