8月11日

 オデュッセウスは豚飼に父母の様子を訊ねる。豚飼は応えて、父ラーエルテースは存命だが、母は息子のことを悲しんで亡くなった、その死がラーエルテースを年以上に老けさせていると言う。そしてこう続ける。母存命中は豚飼を自分の末娘と一緒に育て可愛がって下さった、

τῇ ὁμοῦ ἐτρεφόμην, ὀλίγον δέ τί μ᾽ ἧσσον ἐτίμα. (15-365)

娘さんと一緒に育てて下すった、私をちょっとだけしか劣らぬほどに大事にして

「私をちょっとだけしか劣らぬほどὀλίγον δέ τί μ᾽ ἧσσον」には機微がある。

 更に続けて、今は館に奥方(ペーネロペイア)を訪ねることもない

ἄνδρες ὑπερφίαλοι: μέγα δὲ δμῶες χατέουσιν
ἀντία δεσποίνης φάσθαι καὶ ἕκαστα πυθέσθαι (15-374,5)

傲り高ぶる連中が(いるからだ)。召使いはどんなにか望んでいるのに

奥方様にお会いしてお話をし、色々おうかがいもして

καὶ φαγέμεν πιέμεν τε, ἔπειτα δὲ καί τι φέρεσθαι
ἀγρόνδ᾽, οἷά τε θυμὸν ἀεὶ δμώεσσιν ἰαίνει. (15-376,7)

そして食べて、飲んで、更には何か持ち帰ることを

田舎に、召使いの心にいつでも嬉しい物を(持ち帰ることを)

領主の奥方と召使い達との(かつての)良き関係が窺える。ご馳走に与るとか、土産物を頂くとかは主従の通例だが、「お話をし色々おうかがいもしてφάσθαι καὶ ἕκαστα πυθέσθαι」は親密でないとあり得ない。イタケーではその間はそれほど隔絶してはいなかったのだ。先の、消息があったときのペーネロペイアからの豚飼呼び出し(14-373,4:7月26日の項)は、こういう素地があってのことなのだろう。

万願寺唐辛子を頂いた。初めてその名は初めて聞いたが、京都では有名らしい。見るからに青々とまた艶々している。焼いて食べたら辛くなく柔らくて旨い。

大正時代にそれまであった唐辛子とピーマンを掛け合わせて出来た物らしい。そしてその元々あった唐辛子だって大航海時代の渡来物だ。「唐」と付いているのはそのためだ。原産は中南米でメキシコでは六千年もの歴史があるという。