8月10日


 昨日の引用ではヘルメイアース神が出て来た。呉茂一の『ギリシア神話』でヘルメイアースの項を見ると次のような記述に出会った。

 「彼は通信省や鉄道公社の総裁という役だが、それよりも神々の伝令使,あるいは飛脚といった柄がいっそう似つかわしく見える」

「蓄財の道あるいは物を盗む技術、泥棒やすり詐欺犯収賄者などの親方たる地位にのぼり,大方の監獄は彼の子分によって充たされるに至った(もっとも暴力犯は彼の管轄外で,彼はもっぱら知能犯の方である)」

 著者自身ギリシア神話を心底楽しみながら書いているようだ。 


 さて、館に行き求婚者達の下で働こうかと言うオデュッセウスに対して、豚飼はとんでもない、といさめる。求婚者達の群に入るなどとは死を求めるようなものだ、というのも


τῶν ὕβρις τε βίη τε σιδήρεον οὐρανὸν ἵκει. (15-329)

連中の傲りと狼藉振りとは鉄の天まで届いているのだから


と。

この詩行は二重の意味でパロディーだろう。ひとつはこの詩編第三歌冒頭にあった

Ἠέλιος δ᾽ ἀνόρουσε, λιπὼν περικαλλέα λίμνην,
ο
ὐρανὸν ἐς πολύχαλκον, ἵν᾽ ἀθανάτοισι φαείνοι (3-1,2)

太陽は上がった、美しい海面を離れ

青銅の天へと、神々に光を届けるべく

「青銅の天οὐρανὸν πολύχαλκον」に対して、それを「鉄の天σιδήρεον οὐρανὸν」にしている。

もう一つは、『イーリアス』の

ἀλλ᾽ ἐφομαρτεῖτον καὶ σπεύδετον ὄφρα λάβωμεν
ἀσπίδα Νεστορέην, τῆς νῦν κλέος οὐρανὸν ἵκει (8-191,2)

さあ追っていけ、急ぐのだ、奪わんがために

ネストールの楯を(奪わんがために)、その名声は今や天まで届いている(楯を)

「天まで届いているοὐρανὸν ἵκει」のが『イーリアス』では「名声κλέος」であったのに対し、「傲りと狼藉振りとὕβρις τε βίη τε」としている。

豚飼の諧謔が冴えている。