7月20日


オデュッセウスの話は続く。曰く、多くの戦績をあげ裕福にもなりクレタ人達から尊敬も集めた、


ἀλλ᾽ ὅτε δὴ τήν γε στυγερὴν ὁδὸν εὐρύοπα Ζεὺς
ἐφράσαθ᾽, ἣ πολλῶν ἀνδρῶν ὑπὸ γούνατ᾽ ἔλυσε, (14-235,6)

ところが雷鳴を轟かすゼウスがあの忌まわしい遠征を

企まれた時(それは多くの戦士の膝を突き崩した遠征だったが)


その時、自分とイードメネウスとに(国人達は)促した

νήεσσ᾽ ἡγήσασθαι ἐς Ἴλιον: οὐδέ τι μῆχος
ἦεν ἀνήνασθαι, χαλεπὴ δ᾽ ἔχε δήμου φῆμις. (14-238,9)

イーリオスへと船団を率いて行くようにと、どうにも

断るわけにはいかなかったのだ、国人の厳しい声に余儀なくされて


トロイア遠征のことがこうして語られる。

「国人の厳しい声に余儀なくされてχαλεπὴ δ᾽ ἔχε δήμου φῆμις」が興味深い。多くのアカイア戦士達がどのような気持ちで参戦したか。色々なケースがあったようだ。伝説によれば、美女ヘレネーに諸国の勇士達が求婚した時、「求婚者達はヘレネーが選んだ夫の権利を尊重し、何人でもこれを侵す者は一致して懲らしめる」との取り決めをしたというから、その取り決めにしたがって参戦した者もいただろう。武勲を求めて進んで参戦した者もいたろう。また単に分捕り品目当てもいたに違いない。ここでは「国人の厳しい声に余儀なくされて」とあるから、立場上やむを得ずだ。地位や名誉は義務や責任を逃れ得ない時があるということか。


今日の「国人の厳しい声に余儀なくされてχαλεπὴ δ᾽ ἔχε δήμου φῆμις」にある「δ᾽(=δε)」はいわゆる小辞だ。こういった小辞はδε以外にもἀλλά / ἄν / ἄρα / γάρ /γε / δή / ἦ / καί / μέν /μήν / οὖν / τε / τοι等々、古典ギリシア語には数多い。その語義はいずれも一律に定義しがたく、ニュアンスが実に豊富かつ微妙だ。そしてこれらの小辞が詩文の語調を整えたり、それに勢いや陰影を与えたりしている。これらの小辞がなくなったら、ホメーロスの詩編は仮に大意が通じたとしても、全く味気ないものとなってしまうだろう。

δεは多くの場合順接の「それで」とか「そして」とかいう意味で、面白いことに日本語の「で」としばしば一致する(ここの「意味で」の「で」もδεと訳せそうだ)。しかし上記引用のχαλεπὴ δ᾽ ἔχεのδ᾽(=δε)はそうではない。このδεについてピエロンは「説明的δε」だと註をつけている。確かにここの「余儀なくされて」はほとんど「余儀なくされたので」であり、理由の説明のニュアンスだ。