7月12
アテーネーはテーレマコスを旅立たせた理由をこう説明する。
μὴ δή τοι κεῖνός γε λίην ἐνθύμιος ἔστω.
αὐτή μιν πόμπευον, ἵνα κλέος ἐσθλὸν ἄροιτο (13-421,2)
彼のことはそう心配には及びません
私自身が送り出したのです、良き評判を得るようにと
父の戦友達を訪ねる旅。出征した父親の消息が絶えて生死不明となり、一方帰還している戦友がいる、そこでその彼らのもとに息子が父の消息を求めて旅する。そのこと自体はもっともなことだ。しかし我々読者が、聴衆が抱き、そしてオデュッセウスが問うた疑問は、父の消息だけが目的ならアテーネーがそれを教えてやれば良かったではないかというものだった。
その問に対する答えが「良き評判を得るようにと」だ。これは納得できる答だろうか。オデュッセウスは何も言わないが、聴衆は納得したのだろうか。確かにテーレマコスは訪問したネストールにもメネラーオスにも高い評価を得た。しかしそれが何の足しになるのか。その後の展開において、求婚者達征伐に何かの役に立ったかというと疑問だ。
率直に言って、オデュッセウスの問は正鵠を得ていたがアテーネーの答は的外れだとの印象を拭いきれない。この疑問はこの詩編における「テーレマコスの旅」の意味にも関わるのだろう。この問題は機会を見てもう少し考えてみたい。
今回の一節でもそうだったが、ホメーロスを読んでいると、時々はてなと思うことが正直ある。それにはいくつかの原因が考えられる。こちらの読みが浅い場合もあろうし、それ以前に語学力不足の場合もあろう。更にそれ以前にテキストの不完全さもあるかも知れない。こちらとホメーロス世界との間のものの見方考え方の差異に起因する場合もあろう。ひょっとして詩人の不手際ということもないとは言えない。「詩聖ホメーロスも時に居眠りす」