6月21日
キルケーはオデュッセウスに今後の道程について語る。
まずは魔女セイレーン達のいる浜だ。セイレーン達は近くを通る人間を招き寄せ虜にする。
ἀλλά τε Σειρῆνες λιγυρῇ θέλγουσιν ἀοιδῇ (12-44)
セイレーン達はその澄んだ歌声で(近くを通る人間を)魅惑するのです
ἥμεναι ἐν λειμῶνι, πολὺς δ᾽ ἀμφ᾽ ὀστεόφιν θὶς
ἀνδρῶν πυθομένων, περὶ δὲ ῥινοὶ μινύθουσι. (12-45,6)
草原に座って(魅惑するのです)。そのまわりには骨のうずたかい堆積があります
腐りかけた人間の(骨の)、そしてそこには皮膚が切れ切れに付いています
方や「澄んだ歌声λιγυρῇ ἀοιδῇ」、方や「骨のὀστεόφιν」堆積や「腐りかけたπυθομένων」人間や切れ切れに残る「皮ῥινοὶ」の対比。凄まじい光景だ。
キルケーは、仲間達の耳は蝋で塞ぎ、オデュッセウス自身は(耳は塞がなくてもよいが代わりに)体を帆柱に縛り付けて通り過ぎるべしとの忠告を与える。歌声にはそれだけの魔力がある。
サイレンの語源がこのセイレーンΣειρήνの物語にあったことを知ったのはいつのことだったろう。まだ小学生の時だったのではないか。それがギリシア神話を知った初めだった。サイレンは当時まだ時報で使われていた。小学校はチャイムだったから、近所の工場か何かのだろう。毎日聞いていた。今サイレンを耳にするのは、パトカーか、高校野球のプレーボール、ゲームセット時くらいだ。
待て待て、「小学校はチャイムだった」と書いたが、低学年のときは違ったかも知れない。チャイムでもサイレンでもなく、小使いさんが鳴らす鐘だったような気がする。