6月20日
第十二歌に入る。
冥界から帰還したオデュッセウス達は、出迎えたキルケーにこう言われる。
σχέτλιοι, οἳ ζώοντες ὑπήλθετε δῶμ᾽ Ἀίδαο,
δισθανέες, ὅτε τ᾽ ἄλλοι ἅπαξ θνῄσκουσ᾽ ἄνθρωποι.(12-21,2)
恐ろしい人たちね、生きながらにして冥王の館に降りていくなどとは
二度も死ぬのだから、他の人間達が死ぬのは一度きりなのに
オデュッセウスに「冥界に行かねばならぬ」と言ったのはキルケー自身なのだから、これは少し諧謔を込めての言葉だろう。それにしても、「人間達が死ぬのは一度きりἅπαξ θνῄσκουσ᾽ ἄνθρωποι」とは不動の真理だと改めて気づかされる。
「一度きりἅπαξ(hapax)」の単語についてだが、これは古典注釈書のなかで時々出くわす。文献学上の用語で、意味は「特定の文献資料中、ただ一度しか使用例が記録されていない語句」だ。 ホメーロスの詩編にもいくつかある。 そこで、ひょとしてこの ἅπαξの語自体「ἅπαξ」なのではないかと調べてみたら違った。もう一例あった。この第十二歌中のもう少し後で出てくる。
その箇所で引用するかどうか分からないので今引いておく。
βούλομ᾽ ἅπαξ πρὸς κῦμα χανὼν ἀπὸ θυμὸν ὀλέσσαι,
ἢ δηθὰ στρεύγεσθαι ἐὼν ἐν νήσῳ ἐρήμῃ. (12-350,1)
波に向かってを口を開けて一度に命を失う方がましだ
孤島で長い間かけて衰え弱っていくよりは
ここのἅπαξ(一度に)も、上のἅπαξ(一度きり)も命に関わる文脈で使われている。文献上のἅπαξもその出現箇所で、言葉として「一度に、一度きり」の生を生きたのかもしれない。
夕べの台風の風は強烈だった。今朝見たら前の家の屋根瓦が何枚も剥がれていた。台風の中心は去ったが、風はまだ強い。