6月15日


大勢の亡霊達が寄ってきて口々に身内のことを尋ねるが、一人寄ってこないのがいる。


οἴη δ᾽ Αἴαντος ψυχὴ Τελαμωνιάδαο
νόσφιν
ἀφεστήκει, κεχολωμένη εἵνεκα νίκης, (11-543,4)
ただ一人テラモーンの子アイアースの亡霊だけは

離れて佇んでいました、(私の)勝利の故に怒って


その勝利というのは、アキレウスの死後その武具を得ようとアイアースとオデュッセウスが争った時のことだ。破れたアイアースはそれが原因で自ら命を絶ったのだった。

オデュッセウスは、我々はそなたの死を悼んでいる、どうか怒りを鎮めてくれと呼びかける。しかし、


ὣς ἐφάμην, ὁ δέ μ᾽ οὐδὲν ἀμείβετο, βῆ δὲ μετ᾽ ἄλλας
  ψυχὰς εἰς Ἔρεβος νεκύων κατατεθνηώτων. (11-563,4)

こう私は言ったのでした。しかし彼は私に何も応えることなく他の

亡霊達のもと、亡者達の暗黒世界へと入っていったのです。


和解はならなかった。トロイア遠征においては武勇でアキレウスに次ぐ実力を備え、貢献度も抜群だった。苦楽を共にし、自他共に認める戦友だっただけに、オデュッセウスとしても無念だったことだろう。


『イーリアス』と『オデュッセイアー』の間に起こった出来事が『オデュッセイアー』の中で色々な形で語られる。

既に見たところでは、テーレマコスがネストールやメネラーオスを訪ねて聞いた話があった。その後オデュッセウス自身が伶人の語りの中で聞く木馬の謀があった。そしてここ冥界での亡霊との出会いの中では、アガメムノーンの帰国時の悲劇、アキレウスの息子の活躍、そして今日のオデュッセウスとアイアースの争いなどが語られる。

『オデュッセイアー』はオデュッセウスの帰国物語だけで成り立っているのではなく、広く『イーリアス』以降の戦中、戦後の世界と繋がっている。


上記引用で亡霊を「ただ一人(だけ)」と記した。しかし亡霊は「一人、二人」と数えていいのだろうか。少し考えてみたが、いい代替案がない。

一体:遺体はそうだろうが、霊魂の方にはどうもそぐわない

一匹:いくら何でも動物扱いは如何なものか、亡霊たちが怒りそうだ

一柱:これは神的存在になった場合だろうからホメーロスの冥界の亡霊にはやはり不可

「亡霊一人だけ」にあたる原文はοἴη ψυχὴ(ただ一つの亡霊)で日本語のような助数詞はない。英語など近代西欧語でもそうだろう。日本語ならではの悩みだ。