6月4日
昨日の金魚草だが、ギリシア語名はἀντιρρίνοだそうだ。 「ἀντι ~に等しい、~に似た」+「ρρίνο鼻」だから、「鼻のような」花ということか。金魚に似ていると思っていたのでこれにはびっくりした。しかし言われてみるとソクラテスの鼻に似ているようにも見えてくるから不思議だ。
テイレシアースの託宣は続く。帰郷までの苦難、館での求婚者征伐、その後果たすべき神への勤め、更には訪れるべき死のありようまで。
この三十行ほどの託宣は実に内容豊富で、興味をそそる詩行がふんだんにある。「帰郷までの苦難」と「館での求婚者征伐」については、詩編自体がこれからより詳しく語ってくれるではずだからここでは割愛して、「果たすべき神への勤め」と「訪れるべき死」について引用しよう。
求婚者征伐が終わったら「海を知らぬ」「塩を使わぬ」「船も見たこのない」民の土地に行って、ポセイダーオーン神に贄を捧げねばならない。そして、その民を見分ける鍵は次の通りだと言う。
ὁππότε κεν δή τοι συμβλήμενος ἄλλος ὁδίτης
φήῃ ἀθηρηλοιγὸν ἔχειν ἀνὰ φαιδίμῳ ὤμῳ, (11-127,8)
誰か道行く人があなたに出会って
(あなたが櫂ならぬ)箕(ἀθηρηλοιγὸν)を逞しい肩に担いでいると言うなら
それがまさしく目指す土地である、と。
ἀθηρηλοιγὸνは古川晴風の「ギリシャ語辞典」では「(穀物と籾殻とをより分ける)箕」との訳語が与えられている。箕は箕でも、ここでは棹のような柄がついているものだろう。それにしても櫂を箕と取り違えるのが鍵だとは、生活感があふれていると同時に暗示的でもあり面白い。
そしてオデュッセウスの死についても予言される。海を知らない民の土地から家に帰って、他の神々にも贄を捧げた後のことだ。
πᾶσι μάλ᾽ ἑξείης. θάνατος δέ τοι ἐξ ἁλὸς αὐτῷ (11-134)
すべての(神々に)順に(贄を捧げなさい)、そこであなたに海から離れた死が訪れるであろう
「海から離れたἐξ ἁλὸς」死、それを漂流の苦難を散々嘗めているオデュッセウスはほっとする気持ちで聞いたことだろう。次行には死にかかる形容詞「穏やかなἀβληχρὸς」が続く。