5月28日
オデュッセウスは皆にキルケーの館に行こうと誘う。しかし一人だけ反対する。エウリュロコスだ。彼は前にオデュッセウスが一行を二つに分けたときに、一方の分隊長に指名したほどの男だった。彼は言う。キルケーのところに行けば、また豚などにされるかも知れないし、ポリュペーモスのところで蒙ったのと同じような災難にあわないとも限らない、その際には
τούτου γὰρ καὶ κεῖνοι ἀτασθαλίῃσιν ὄλοντο. (10-437)
彼(オデュッセウス)の向こう見ず故に彼ら(仲間)は命を落としたのだぞ
これを聞いて、オデュッセウスが怒らないはずがない。剣を抜いて切りつけようかと思う。しかし他の仲間が宥める、「彼は船の番として残しておきましょう」と言って。そしてオデュッセウスは仲間達とキルケーの館に向かう。しかし
οὐδὲ μὲν Εὐρύλοχος κοίλῃ παρὰ νηὶ λέλειπτο,
ἀλλ᾽ ἕπετ᾽: ἔδεισεν γὰρ ἐμὴν ἔκπαγλον ἐνιπήν. (10-447,8)
エウリュロコスもうつろな船に残ってはいませんでした
従ってきたのです、私の激しい叱責に恐れをなして
これまでも、一行の中におけるオデュッセウスの地位が、有無を言わせぬ、絶対的なものではないことを窺わせる場面が何回かあった。ここはこれまでの中で最も緊張が走った場面だ。
昨日引用した再会を喜ぶ情景、今日のエウリュロコスのオデュッセウス批判の言辞、仲間達の対応、最後のエウリュロコスの行動、これら一連の叙述には集団としての一行のありようが生動している。
山崎努の『俳優のノート』を少しずつ読んでいる。十年ほど前に『リア王』を演じた時の準備、稽古、上演の様子を記した日記だ。俳優がいかに作品を読み込むか、その気迫が伝わってくる。作品を身体で表現するのだから当然なのだろう。その中に成る程と思う言葉があった。「無理なこじつけをしないこと。謎は謎なのである」