5月27日
キルケーは豚になった仲間達を人間の姿に返し、他の仲間達も連れてくるようにと勧める。その勧めに応じて、オデュッセウスは船のところで待機している仲間達のところに戻る。するとそれを迎えた仲間達は、
ὡς δ᾽ ὅτ᾽ ἂν ἄγραυλοι πόριες περὶ βοῦς ἀγελαίας,
ἐλθούσας ἐς κόπρον, ἐπὴν βοτάνης κορέσωνται, (10-410,1)
あたかも田野に住む仔牛が群れなす母牛を
牧草に食い飽きて小屋に帰ってきた(母牛を)
πᾶσαι ἅμα σκαίρουσιν ἐναντίαι: οὐδ᾽ ἔτι σηκοὶ
ἴσχουσ᾽, ἀλλ᾽ ἁδινὸν μυκώμεναι ἀμφιθέουσι (10-412,3)
皆(仔牛達は)挙って出迎えて飛び跳ねる、もはや柵は
隔てとはならず、しきりに啼きながら(母牛の)まわりを走り回る
その如くに、仲間達はオデュッセウスのもとに取りすがってくる。
比喩の中に点描された牧歌的風景。「もはや柵は隔てとはならずοὐδ᾽ ἔτι σηκοὶ ἴσχουσ᾽」がその情景を髣髴させている。
老母の家の庭にきぬさやがなっていた。「初物だから僅かだが持って行け」というのでもらってきた。
噛んで歯に初きぬさやの浅緑 拙作
「きぬさや」という名は、さやをこすりあわせた時の音が絹擦れの音に似ているところから来ているという。なるほどだ。