5月22日
キルケーの国に来た頃には、オデュッセウス一行はかなり意気阻喪していた。多くの仲間を失い、帰郷の見通しも立たないからだ。
仕留めた鹿を食べて少し元気になったかと思いきやそうでもないようだ。オデュッセウスは皆にこう言う。
οὐδ᾽ ὅπῃ ἀννεῖται: ἀλλὰ φραζώμεθα θᾶσσον
εἴ τις ἔτ᾽ ἔσται μῆτις. ἐγὼ δ᾽ οὔκ οἴομαι εἶναι. (10-192,3)
どこから(陽が)昇るのかさえ(分からない)、しかし考えようではないか
何か工夫があるかどうか、私にはあるとは思えないが
励まそうとしているオデュッセウスでさえこれだ。「私には(工夫μῆτιςが)あるとは思えないが」など「工夫に長けたπολύμητις」オデュッセウスの言葉らしくもない。あるいは仲間の強気を引き出すための演技、それこそμῆτιςだったのかも知れない。
少し先ではこんな描写もある。一行を二手に分け一方を島内偵察に送り出したときの様子だ。
βῆ δ᾽ ἰέναι, ἅμα τῷ γε δύω καὶ εἴκοσ᾽ ἑταῖροι
κλαίοντες: κατὰ δ᾽ ἄμμε λίπον γοόωντας ὄπισθεν. (10-208,9)
彼が出かけて行くと、二十二人の仲間がついていったのです
泣きながら、悲嘆に暮れる我々を後に残して
これまでのライストリューゴネスの国での殺戮、キュクロープスの国での殺戮を思い出してのことだ。
上記のオデュッセウスの(演技かも知れない)弱気の発言に関連して、思い出す『イーリアス』の一節がある。戦闘開始を前にアガメムノーンが参謀会議で述べる言葉だ。
「さあ、アカイアの軍勢を武装させよう。先ず私が言葉で試そう、それが定めなのだから、櫂多き船で逃げ帰るよう命じよう。御身らはそれぞれ言葉でもって引き留めてくれ」(2-72~75)
詩編で初めての戦闘が開始されようとするときに、いきなりの味方に対するはかりごとなので、最初にこのくだりに出くわした時驚いたことを覚えている。しかし「それが定めなのだから」とまで言っている。ホメーロスの世界は、オデュッセウスの嘘もそうだが、正直の倫理では割り切れないものを含んでいる。