5月13日


昨日のキュウクロープス人達の言い残した言葉をもう一回取り上げよう。


εἰ μὲν δὴ μή τίς σε βιάζεται οἶον ἐόντα,
νο
ῦσον γ᾽ οὔ πως ἔστι Διὸς μεγάλου ἀλέασθαι, (9-410,1)

独りでいるお前に乱暴するものが誰もおらぬとすれば(定めし病気であろう)

宏大なゼウスの病気はどうにも避けようがない

 

ここで「誰もおらぬ」はμή τίς [mêtis]が使われている。このμή τίςはμῆτις(はかりごと)の掛詞だ。僅かなアクセントの差異を除けば二つは同音だから。ということは、仲間のキュクロープス人達は図らずも(この図らずもはそれこそ図らずも駄洒落だが) 真実を、即ち「お前に乱暴するのがはかりごとμῆτιςだとすれば」と言ったことになる。皮肉が利いている。

皮肉と言えば少し先で、更に皮肉な場面がある。

オデュッセウスが仲間達を羊に紛れさせて洞窟から送り出した後、羊たちの中で首領格の牡羊の腹にしがみついて出ていこうとする。その牡羊に触れて巨人は言う。お前はいつもは朝は真っ先に出て行き、夕べは真っ先に帰ってくるのに、どうしたのかと。


ἑσπέριος: νῦν αὖτε πανύστατος. ἦ σύ γ᾽ ἄνακτος
ὀφθαλμὸν ποθέεις, τὸν ἀνὴρ κακὸς ἐξαλάωσε (9-452,3)

夕べには(帰ってくるのに)、それが今はしんがりだ、あるいはお前は主人の

目を悼んでくれているのか、悪い奴が潰した目を


 辛辣な皮肉だ。巨人は神を恐れず、客人を蔑ろにし、仲間とも付き合わぬ凶暴な無法者だが、羊とは心を通わせていたようだ。辛辣過ぎて巨人が少し可哀想なくらいだ。


託宣の如きΟὖτίςとか、辛辣な皮肉を込めたμή τίςとか、凶暴にして哀れを漂わせた巨人の造形とか、このキュクロープスの挿話は興味が尽きない。