4月18日
怒ったオデュッセウスは円盤を放つ。パイエーケス人達が使う円盤より重いがっしりした奴を掴んでだ。
τόν ῥα περιστρέψας ἧκε στιβαρῆς ἀπὸ χειρός,
βόμβησεν δὲ λίθος: κατὰ δ᾽ ἔπτηξαν ποτὶ γαίῃ (8-189,90)
それを振り回して逞しい腕から放つと
石は唸りを上げ、彼ら(パイエーケス人達)は地面へと身を屈めた
βόμβησεν [bonbêsen](唸りを上げた)はオノマトペに違いない。「ブルンブルン」といったところか。驕っていた若者達が一転、怯えて這いつくばる様が髣髴する。
オデュッセウスは更に、他の競技どれでも挑戦に応じるぞ、そして誰にも負けない自信があるぞ、ただし徒競走を除いてはと言う。
οἴοισιν δείδοικα ποσὶν μή τίς με παρέλθῃ
Φαιήκων: λίην γὰρ ἀεικελίως ἐδαμάσθην (8-230,1)
徒競走においてだけはパイエーケスの誰かに先を越されるやも知れぬ
というのも(波浪に)散々体が痛めつけられたので
足に先ず衰えが来る、これも真実だろう。
「ウチナーグチ(沖縄語)練習帖」(高良勉)を読んでいる。面白い。
「愛する」の意の沖縄弁は「かなし」で、これは古語の「愛し(かなし)」と同じ言葉だという。そして用例として琉歌が引かれている。
おどろくなあささ 食(く)はゆんでやあらぬ
肝(ちむ)かなしやあてど 抱きや見ちやる
驚くなセミよ 取って食おうとしてではない
心から好きだから 抱いてみたのだよ
女流歌人よしやの歌。「あささ」は蝉。昨日触れた「ちむ」と合わさって愛し(かなし)の「かな」が使われている。「ちむかなし」の詩句も名句なら、その心をそのまま歌い上げた琉歌も類い稀な名歌だ。