4月17日
この無礼な挑発を受けてのオデュッセウスの反応はこうだ。
τὸν δ᾽ ἄρ᾽ ὑπόδρα ἰδὼν προσέφη πολύμητις Ὀδυσσεύς: (8-165)
相手を睨みつけて知謀優れたオデュッセウスは言った
怒って応える際の定型表現だ。
「睨みつけて」と訳したὑπόδρα ἰδὼνは直訳では「下から見て」だから、「睨みつけて」は必ずしも正確ではない。目つきとしては「上目遣いに」に近そうだが、こっちは媚びを含み、片やὑπόδρα ἰδὼνの方は怒気を含んでいるから似ても似つかない。うまい日本語がないかと考えた末、「睨(ね)め上げて」に思い当たった。チンピラヤクザがこんな目つきをすることがある。さすがにオデュッセウスをチンピラ扱いはできないのでこれは採用しなかったが。
怒ったオデュッセウスは、それならと受けて立つ。
θυμοδακὴς γὰρ μῦθος, ἐπώτρυνας δέ με εἰπών. (8-185)
なぜなら(あなたの)言葉は心を噛むものであり、言うことで私を駆り立てたのだから
「心を噛むθυμοδακὴς」は「θυμός心+δάκνω噛む」だから直訳だ。
先のὑπόδρα ἰδὼν(睨みつけて,睨めあげて)にせよ、このθυμοδακὴς(心を噛む)にせよ、身体感覚、臓器感覚に直接働きかけてくる。こんなところもホメーロスの魅力の一つだ。
ここで出てきたθυμός [thyumos]、仮に「心」と訳したが、生命、心臓、気持ち、勇気、怒り等々、様々なニュアンスを含んでいる。そこで思い当たったのが沖縄弁の「チム」だ。「チムどんどん(胸ドキドキ)」や「チムじゅらさ(心が美しい)」のチム。まさかθυμόςとチムが同源だなどと言うことはないだろうが、これほど意味と発音が似ているのは不思議だ。