4月16日

若者達の競技が行われる。徒競争、相撲、跳躍、円盤、拳闘。ひととおり終えるとオデュッセウスは参加を勧められる。断ると、相撲の勝者エウリュアロスが「たしかに競技の心得がありそうな御仁ではないようですな」と言ってさらにこう続ける。


ἀλλὰ τῷ, ὅς θ᾽ ἅμα νηὶ πολυκλήιδι θαμίζων,
ἀρχὸς ναυτάων οἵ τε πρηκτῆρες ἔασιν,  (8-161~162)

そうではなくて、櫂多き船で行き来する

商売人の船乗り達の親分のようにお見受けする


と既にしてからかいの調子なのだが、それが更に嘲りへとエスカレートする。


φόρτου τε μνήμων κα
ὶ ἐπίσκοπος ᾖσιν ὁδαίων
κερδέων θ
᾽ ἁρπαλέων: οὐδ᾽ ἀθλητῆρι ἔοικας. (8-163~164)

積み荷に気を遣い、自分の商品や

暴利を監督する御仁と(お見受けする)、とても競技する柄ではない


 この一節は若干意外だ。海の民なのだから、船を使った交易は自分たちの生業ではないのか。なぜこんなことを言うのか。

発言者自身が高貴な出で直接それを生業にしていなかったからか。しかし、仮に自分がそうでなかったにせよ、競技の場には多くの同胞の船乗りが見物していたはずだ。それら同胞への顧慮はなかったのか。

あるいは、商人一般を卑しんでいるのではなく、「暴利κερδέων ἁρπαλέων」をむさぼる類いの商人に限定した話なのだろうか。

おそらく直接的には「暴利」を卑しんでいる。しかし同時に,その背景には詩人の生業についての好悪がありそうだ。詩人は、商人一般に対し、職人(や牧人、農民、木樵等々)に対するほどの共感を示していない。同じ船に関わることでも、その艤装や操船についてあれほど熱心な描写をする一方、交易についての描写は淡泊だ。この一節の発言には詩人のそういう心情が図らずも反映しているのではなかろうか。


 以前沖縄に滞在していたときから興味は持っていたのだが、今回久しぶりに旅行してみて、なつかしい言葉を耳にするにつけ沖縄弁への興味がつのってきた。

「チュラ(美しい)」が「清ら」から来ている。これだけでも興味をそそられる。

 世になくきよらなる玉の男御子さへ生まれ給ひぬ(桐壺)

が想起されるし、更に、

わたつみの 豊旗雲に 入日さし 今夜の月夜 清明己曽 (万葉集15)

の第五句は(定訓がないが)「きよらけくこそ」と読みたくなる。

 メンソーレと並んで最初に覚える沖縄弁「ニフェーデービル(ありがとう)」。これが「御拝で侍る」から来ていると聞いて、これにはびっくりした。沖縄弁には何か日本語の古層につながるものが脈打っているようだ。もっともこのニフェーデービル、連れが「デビルマン」みたいだというのには爆笑させられた。びっくりしたり、爆笑したりだ。