4月15日


アルキノオス王は宴を打ち切り、広場へ出て競技を開催する。そこで腕に覚えのある若者が名乗り出る。その数十数人、


ὦρτο μὲν Ἀκρόνεώς τε καὶ Ὠκύαλος καὶ Ἐλατρεύς,
Ναυτεύς τε Πρυμνεύς τε κα
ὶ Ἀγχίαλος καὶ Ἐρετμεύς, (8-111~112)

アクロネオースが立ちあがった、そしてオーキュアロス、エラトレウスが、

ナウテウス、プリュムネウスが、そしてアンキアロス、エレトメウスが、


といった調子で、若者達の名前がずらっと並ぶ。これらの詩行は、一見無用で退屈に見える。ここで挙げられた名前はほとんどが、以後再登場しないのだからなおさらだ。

しかし、これは叙事詩ならではだろう。『イーリアス』にもあるし、平家物語にも同様武者の名を列挙する段がある。そしてこういう段こそ吟唱者の腕(喉というべきか)の見せ所だ。何より韻律と音調がものをいうのだから。吟遊詩人でない我々も声に出し、耳を傾けてみると何となくではあるが口調の良さを感じ、無用で退屈とは思えなくなってくる。

もう一つ、これら詩人の創作したパイエーケス人の名前には「海」に関わることばが織り込まれている。Ἀκρόνεως[akroneôs]はνηῦς[nêus]船、Ὠκύαλος[ôkyualos]はἃλς[hals] 海、Ἐλατρεύς[elatreus]はἐλατήρ[elatêr]漕手、といった具合だ。『オデュッセイアー』全体に言えることだが、特にこのパイエーケス人の世界では隅々まで「海」が浸透している。


沖縄最終日。万座毛。万座毛に近づくと、海に向いて沢山の墓があった。小型の石造りの社といった風情だ。こんなに景色のいいところなら、ちょっと入ってみたい気もする。

「モウ」とは広場、万人が座れる位広い広場の意。三線を弾き琉歌を歌い男女交歓の場でもあった。『オデュッセイアー』の伶人の弾く竪琴φόρμιγξは何弦だったのか。三弦とも四弦とも言われているようだが。