4月14日


伶人は「オデュッセウスとアキレウスの諍い」の一節を語りはじめる。この一節は『イーリアス』にはないし、断片としても残っていない。実際にトロイア詩圏の一叙事詩の中にあったものが完全に散逸したのか、あるいはホメーロスがここで虚構として存在することにしたのか。


ταῦτ᾽ ἄρ᾽ ἀοιδὸς ἄειδε περικλυτός: αὐτὰρ Ὀδυσσεὺς
πορφύρεον μέγα φ
ᾶρος ἑλὼν χερσὶ στιβαρῇσι (8-83,4)

それを名高い伶人は歌った,するトロイアオデュッセウスは

紫色の大きな上衣を頑丈な手でつかんで

κὰκ κεφαλῆς εἴρυσσε, κάλυψε δὲ καλὰ πρόσωπα:
α
ἴδετο γὰρ Φαίηκας ὑπ᾽ ὀφρύσι δάκρυα λείβων. (8-85,6)

頭から被り、麗しい顔を隠した

眉の下から涙をこぼすのをパイエーケス人達に恥じたので


名場面だ。

自らが主人公として登場する詩を聴衆の一人として聴く、しかし自分の身分は明かしていないからそのことを知っているのは自分だけだ。俳優なら挑戦してみたい役柄だろう。演じきるのは至難だが。

詩編に登場する伶人には作者ホメーロスの投影があった。そして同じく詩編に登場するオデュッセウスは、そこで吟じられる別の詩の中で主人公と化した自分の物語を聴く。どうもこの詩編は一筋縄ではいかない、重層的、多元的な構造をしているようだ。


海洋博水族館。カクレクマノミが気に入った。素朴な斑紋の小さな魚で磯巾着と共生しているとかで、その髯の中に出たり入ったり。見ていて飽きない。

訪ねた先々で色々な織物に触れる。芭蕉布、琉球絣、首里織、花織、宮古上布、ミンサー織等々。ペーネロペイアやヘレネーはどのような織り方をしていたのだろう。ホメーロスには「杼κερκίς」が出てくる。先に(3月28日の項で)引用した次の一節では機織棹や経糸や、緯糸そのものではないが緯糸を巻き付けた糸巻きも出てきた。

「(先頭の走者に追いすがる次の走者は)さながら糸巻きを経糸の間に潜らせていくとき、帯美しい女の胸に機織棹がうまくたぐられて近づく、そして胸の近くに支えられる、そのように間近に迫った」(『イーリアス』23-760~3)

いい比喩に違いないとは思うのだが、機織りの描写自体は正直どうもよく分からない。機織りの技をよくする人に実演を交えて解説してもらいたいところだ。ホメーロス世界における機織りの技術と日本古来のそれをを比較してみたら面白いだろう。