4月11日
第八歌に入る。
アルキノオス王は翌朝集会を開き、オデュッセウスの帰郷を助けるべく呼びかける。
そこでオデュッセウスの紹介だが、
ξεῖνος ὅδ᾽, οὐκ οἶδ᾽ ὅς τις, ἀλώμενος ἵκετ᾽ ἐμὸν δῶ,
ἠὲ πρὸς ἠοίων ἦ ἑσπερίων ἀνθρώπων: (8-28,9)
この客人は、どなたであるか知らぬが、流離って私の館に来られた
東方からの方か西方からの方か(知らぬが)
と、「誰であるかὅς τις」素姓は分からないことになっている。
前夜宴席があったはずだ。宴席前に名乗らないのはしきたりだが、飲食を共にした後では名乗るのが通例だ。しかも、妃が「あなたは一体誰でどこからいらしたのですかτίς πόθεν εἰς ἀνδρῶν」(7-238)と訊ねた場面があったにもかかわらず、オデュッセウスは素姓は明かさなかった。ただカリュプソーの島に漂着してからの次第を述べたにとどまっていた。なぜそこまで素姓を明かさなかったのか。それは目下のところ謎だが、この「誰か」の問いは主旋律のようにこの詩編の随所で奏でられる。考えてみれば昨日触れた「嘘」も同様だ。オデュッセウスの嘘ももう一つの主旋律だ。この二つの主旋律は片方がもう一方の変奏であるのかも知れない。
上記引用でもう一つ興味深いのは「東方ἠοίων、西方ἑσπερίων」の詩句だ。「東方、西方」と訳したが、ἠοίωνは曙、ἑσπερίωνは夕方を指す語であるから丁度「日出づる国、日没する国」に当たることになる。
明日から四日間沖縄旅行。さすがにこの日録を記す時間がとれないかも知れないので、四日分書きためておく(尤も、日記風雑記の部分は無理なので後で書き足そう)。新聞の連載小説を書いている作家はこんな風にしているのだろうか。そういえば、植田まさしの連載漫画「コボちゃん」は先日三十年を迎えたとのことだった。その苦労は連載小説を書いている作家に劣らず大変なものだろう。「サザエさん」の長谷川町子も神経衰弱になったことがあったと聞いたことがある。