4月7日


オデュッセウスは食事をとらせてほしいと頼む。


οὐ γάρ τι στυγερῇ ἐπὶ γαστέρι κύντερον ἄλλο
ἔπλετο, ἥ τ᾽ ἐκέλευσεν ἕο μνήσασθαι ἀνάγκῃ (7-216,7)

この忌々しい胃の腑以上に厚顔無恥なものは

ありませんので、胃の腑は否応なしに自分のことを思えと迫るのです


たとえどんな悩みを抱えていようと、と言って。


『イーリアス』の中にあったオデュッセウスとアキレウスとの間の食事問答が思い起こされる。

パトロクロスの死をうけ、アキレウスは一刻も早く復讐を、と逸る。それに対して、オデュッセウスは「腹が減っては」とばかり先ず食事を、と様々に説く。曰く


 「断食したまま戦いに促してはならない、なぜなら戦闘は短いことはないのだから、一端戦端を開き神が両軍に気勢を吹き込んだなら。足速き船のところで食事を、飯と酒を摂るよう命じなさい、力こそ武勇のもとである故」(19-155~161)

 「アカイア人達が胃袋でもって死者を悔やもうなどとんでもないこと、全く一日中ひっきりなしに大勢の死者が出てくる。戦いはいつ果てるやも知れぬ。それ故死者は葬ってやらねばならぬ、非情な心をもって、一日泣いた上で」(19-225~229)


しかしアキレウスは聞き入れない。


 「(復讐を果たす)前には決して飯も酒もこの喉を通ることはあるまい、親しい友を失ったままなのだから」(19-209,10)

「頼む、親しい仲間で誰か一人でも私の言うことを聞いてくれるなら、飯や酒でもってこの心を飽かせなどと勧めてくれるな、恐ろしい苦悩に襲われているのだから」(19-305~8)


 思慮深い現実主義者オデュッセウスと直情径行の激情家アキレウス、両雄の個性がくっきりと出ている。


 体調が悪いわけではないのに、人生の挫折や身近の不幸、なべて極度の負の精神状態にあるとき、食欲が湧かない、食べる気にならないということはある。しかし一方、それで飢え死にすることも滅多にない。それは、オデュッセウスが言うように「胃の腑の厚顔無恥」故であるのか、どんな負の精神状態にも慣れや飽きがある故なのか。