4月2日
オデュッセウスは少し遅れて町中に入る。通りがかりの少女に王の館への道を聞く。この少女もアテーネーの変身だ。誠にこの女神はオデュッセウスに「母親のように」付き添っている。少女は「内の近所ですから」と言って案内する。その道すがら町の民の持つ船について語る中でこう言う。
τῶν νέες ὠκεῖαι ὡς εἰ πτερὸν ἠὲ νόημα. (7-36)
彼らの船は、まるで(鳥の)翼か(人の)思いのように速いのです
「(鳥の)翼」は普通だが「(人の)思い」の比喩には驚く。しかし、詩人は人の思いの迅速さに、ここで我々が感じる以上の新鮮な驚きを感じていたのだろう。
考えてみれば「思い」とは不思議なものだ。あっちこっちに飛びまわるしどんどん変わる。これほど素早く掴まえどころのないものも珍しい。素早さは光速以上だし、掴まえどころのなさはウナギ以上だ(この比喩は不出来だが)。慣れのせいなのか、そういう「思い」に対してわれわれは新鮮な驚きを感じなくなっている。ホメーロスはそういうことも気づかせてくれる。