3月23日


オデュッセウスはナウシカアーに懇願しようとして、先ずその美しさを賞める、若木に喩えて。


Δήλῳ δή ποτε τοῖον Ἀπόλλωνος παρὰ βωμῷ
φοίνικος νέον
ἔρνος ἀνερχόμενον ἐνόησα: (162,3)

かつてデロス島のアポローン祭壇の脇で、あなたのような

棕櫚の若木が生い出ているのを見たことがあります


行間からも初々しくしなやかな若木の様子が感じられるのは、やはり音調のせいだろうか。163行目はこうなっている。

φοίνικος νέον ἔρνος ἀνερχόμενον ἐνόησα

[phoinîkos neon ernos anerkhomenon enoêsa]

 リズムよく繰り返される[n]音には、伸びていく若木を思わせるものがある。

 オデュッセウスは続ける。


ὣς δ᾽ αὔτως καὶ κεῖνο ἰδὼν ἐτεθήπεα θυμῷ
δήν,
ἐπεὶ οὔ πω τοῖον ἀνήλυθεν ἐκ δόρυ γαίης, (6―166,7)

その若木を見て今と同じように長い間呆然としていたのです

かつてそのような木が地から生えたことはなかったのですから


こんな風に初々しくしなやかな若木に喩えられて嬉しくない娘はいないだろう。こういうところではオデュッセウスは詩人になっている。


ここのところ木曜毎に水原一の『平家物語』講読を聴きに行っている。相模女子大の図書館所蔵のテープを試聴させてもらっているのだ。全65巻なのでまだ一部だが、昨日聴いた中に面白いところがあった。

重盛が父清盛の軽挙を戒める「大教訓」の段についてだ。沈着な重盛の理路整然とした諫言ぶりは見事なのだが、最近はそのためにかえって道学者の説教みたいだといって評判がわるいのだそうだ。反対に清盛の言動の方が人間味があるといって人気があるという。

それはそれで面白いのだが、余談がある。水原の恩師は塩田良平だった。塩田から直接聞いた話として、塩田の親父さんが臨終の時に良平にこの「大教訓」の一段を朗読してほしいと望んだというのだ。その時の父塩田の親父としての思いはどんなものだったのだろう。

更に、水原は塩田の朗読について「自分はとても及ばない」と謙遜していた。そこで思い出した、私も塩田の講義を聞いたことがある。あれは確か高校生向けのラジオ講座だった。『平家』ではなく一葉か誰かの明治文学だったのではないかと思う。落ち着いたいい朗読だった。水原はこの塩田の朗読に学んだのではなかろうか。聞き始めてすぐ終わってしまったが、もっと聞きたい思ったことだった。