3月20日


ナウシカアーは父王に洗濯物を運ぶ荷馬車を出してほしいと頼む、「お父様も会議で綺麗な服を召していた方がいいし、兄弟も踊りに行くのに洗い立ての服の方を望むので」と言って。


ὣς ἔφατ᾽: αἴδετο γὰρ θαλερὸν γάμον ἐξονομῆναι
πατρ
ὶ φίλῳ. ὁ δὲ πάντα νόει καὶ ἀμείβετο μύθῳ: (6-66,7)

彼女はこう言った。恥ずかしかったからだ、(自分の)華やかな婚礼のことを

父親に話すのは。(父親は)すべて察し、こう応えた


「馬だろうと何だろうとかなえてやろう」と。

乙女心だろう。対する父親の方も親心だ。

 荷馬車に洗濯物を積んで洗濯場へと向かう。河のとりわけ美しい流れのところに着く。


ἔνθ᾽ ἦ τοι πλυνοὶ ἦσαν ἐπηετανοί, πολὺ δ᾽ ὕδωρ
καλ
ὸν ὑπεκπρόρεεν μάλα περ ῥυπόωντα καθῆραι, (6-86,7)

そこには涸れることなき洗濯場があり、ふんだんな水が

美しく湧き出していた、どんな汚れ物も洗い清めるべく


着物が女性にとって重要であるとすれば、洗濯場も当然そうだ。


『イーリアス』に洗濯場にまつわる痛切な場面があった。アキレウスの追跡を逃れようとヘクトールがトロイアの野を駆け巡る。スカマンドロス河の源の傍も通る。

「そこには泉に接して美しい石敷の広い洗濯場があった、そこでつややかな衣をトロイアの妻や美しい娘達は洗濯したのだった、平和だった頃には、アカイアの息子達が来る前には」(22-153~156)

共同洗濯場では女達の噂話や世間話が尽きず、笑い声や歌声が聞こえていたのだろう。その平和の極みのような場所が今は戦場となり、すぐ脇で殺す者と殺される者が必死の追走劇を繰り広げている。

『オデュッセイアー』の洗濯場の方は戦場ではなく平和を湛えているのではあるが、それだけで終わるなら「牧歌」だろう。これは「叙事詩」だ。近くには流れ着いたオデュッセウスが潜んでいるはずだ。