3月19日


アテーネーはナウシカアーに対し更に、「結婚も間近で、あなた自身もお供の者にも綺麗な着物が必要だ」としてこう続ける。


ἐκ γάρ τοι τούτων φάτις ἀνθρώπους ἀναβαίνει
ἐσθλή, χαίρουσιν δὲ πατὴρ καὶ πότνια μήτηρ. (6-29,30)

そのようなことからして人の評判は広がるのです

よき(評判というものは)、そしてそれをお父様も母上もお喜びになるのです


着物が評判に結びついている。

昨日も引いた『イーリアス』のアンドロマケーのことばの中で、実は「トロイアの男女への聞こえの足しになりますように」の部分が今ひとつ腑に落ちなかった。最愛の夫の死を前にして、人の「聞こえ」をそれほど気にするのだろうか、と。それが今は少し分かるような気がする。勇士の本分が戦うことであるとすれば、女性にとっての本分(あるいは少なくともその重要な要素の一つは)は機を織り、着飾り、着飾らせることだ。だとすれば、女性にとって着物の評判は、勇士達があれほど追い求めた武勲にあたるものがあったのだろう。


夢から覚めたナウシカアーは両親のいる部屋に行く。


ἡ μὲν ἐπ᾽ ἐσχάρῃ ἧστο σὺν ἀμφιπόλοισι γυναιξὶν
ἠλάκατα στρωφῶσ᾽ ἁλιπόρφυρα: τῷ δὲ θύραζε

ἐρχομένῳ ξύμβλητο μετὰ κλειτοὺς βασιλῆας (5-52~54)

母親は炉辺に侍女達と一緒に座っていた

紫色の糸を紡ぎながら、一方父親には外へ

名だたる領主達の(会議の)場へと出て行くところに行き会った


現代でもありそうな家庭の情景だ。もちろん、炉とか侍女とか領主とか道具立ては多少入れ替えねばならないだろうが、基本的構図は不易だ。

「父には外へτῷ δὲ θύραζε」から「出て行くところに行き会ったἐρχομένῳ ξύμβλητο」への行を跨がっての措辞には、出がけに出くわした情景を髣髴させる呼吸がある。


深川芭蕉記念館で三月句会。

  春鹿を射止める図柄弥生土器  徳昌

そうそうこういう古拙の図柄が弥生式土器にあった。二千年近くも昔に描かれた静止した線描がにわかに生動し、春の風が吹き光が溢れてくる。

春の雨アルパカの目のこちら向き  拙作

最近はアルパカを飼育する小学校も出てきている。昔は鳥や兎、山羊くらいだったが。