2月27日
ペーネロペイアの枕元にアテーネーの送った幻が立ち、テーレマコスは神の加護があって心配無用だと告げる。
その時ペーネロペイアは
ἡδὺ μάλα κνώσσουσ᾽ ἐν ὀνειρείῃσι πύλῃσιν (4-809)
夢の門のところでいとも安らかに眠って
いる。
「夢の門」という詩句は絶妙、「眠って」κνώσσουσ᾽[knôssûs’] の音は眠りの音調を奏でている。
ἡδὺ μάλα κνώσσουσ᾽ ἐν ὀνειρείῃσι πύλῃσιν
[hêdy mala knôssûs’ en oneireiêsi pylêsin]
夢うつつのあわいの神秘を髣髴させる詩行だ。
『イーリアス』にこんな詩行がある。トロイアの野を逃げるヘクトールをアキレウスが追いかける、その息詰まる場面を叙した箇所に出てくる比喩だ。
あたかも、夢で逃げる者に追いつこうとしてもできない、
逃げようとする方も逃げおおせないし、追いつけもしない(22-199,200)
こういう夢は現代の我々も見る。うまく走れないこともあるし、そもそも足が動かないこともある。必死に動かそうとすると布団を蹴って目を覚ましたりもする。ホメーロスは三千年近く前に我々と同じような夢を見ていたのか。
『オデュッセイアー』では、先回りになるが他にも夢について触れる箇所がある。ペーネロペイア自身の言葉だ。
はかない夢には二つの門があって
一つは角でできていて、もう一つは象牙でできています (19-562,3)
「角」の門と「象牙」の門、いずれもいかにも夢の通りそうな門だ。この詩行についてはその箇所でもう一度取り上げたい。