2月15日
今日の一節は特に密度が濃く、引用したい詩行がいくつもある。
メネラーオスはネストールの立派さを讃えた後、彼が今幸福な老年を送っていることをこう表現している。
αὐτὸν μὲν λιπαρῶς γηρασκέμεν ἐν μεγάροισιν (4-210)
(ゼウスは)彼に館で安楽に老いることを(与えたもうた)
仮に「安楽に」と訳したλιπαρῶςには、「つややかに、安楽に、豊かに」などの訳語が与えられている。λιπαρῶςはλίπα(油をたっぷりと塗った)からの派生語であり、この内原義に一番近いのは「つややかかに」だろう。「つややかに老いる」は日本語ではいかにもそぐわないので「安楽に」とした。それはそれで間違いではなかろうが、ホメーロスにとって理想の老年イメージには、単なる安楽さにとどまらぬ原義の持つつややかさがあったように思う。[liparôs]という音にも「つややかさ」が感じられる。
次いで、ヘレネーが皆に今宵一晩嘆きを忘れ過ごしてもらおうと薬を酒に混ぜる。その薬は
νηπενθές τ᾽ ἄχολόν τε, κακῶν ἐπίληθον ἁπάντων (4-221)
苦悩を消し、怒りを収め、すべての不幸を忘れさせる
妙薬で、エジプトのある婦人からもらったものだ、そのエジプトでは沢山の薬草が採れ、皆が医師だと言う。その薬とは阿片ではないかとの注釈もある。前にはメネラーオスは帰還に当たってエジプトにも流されていたとあったから、その時入手した物かもしれない。ギリシアとエジプトの関係の一端がうかがえる。
第一歌冒頭ではエチオピアが出てきた。アテネー扮する客人は青銅を求めてテメセー(イタリアか、キュプロスか)に行くところだと言っていたし、ここではエジプトだ。『オデュッセイアー』の世界は本当にインターナショナルだ。
そしてヘレネーは戦場でのオデュッセウスの活躍を語る。オデュッセウスは乞食の格好をしてトロイアに潜入したことがあった。
τῷ ἴκελος κατέδυ Τρώων πόλιν, οἱ δ᾽ ἀβάκησαν
πάντες: ἐγὼ δέ μιν οἴη ἀνέγνων τοῖον ἐόντα (4-249,50)
その(乞食の)ような格好をしてトロイアの城市に潜入しました、皆は
騙されたのですが、私だけはそのような彼を見破りました
また一つ「誰か?」のテーマの変奏だ。この詩編の主人公オデュッセウスは、狡知に長け嘘がうまいにみならず、身分を偽るのは得意芸だ。それはこれからも何度も出てくるはずだ。その身分偽装に対する「誰か?」の問い、そして認知、これは詩編の主要テーマの一つだ。ただその意味はまだよく分からない。読み進めながら考えていきたい。
昨日、最近の「だいじょうぶ」の用法に対する違和感について触れた。それを知人に話したら、その男「違和感どころじゃない、怒りを覚えることもある」といって、こんなこともあったと話してくれた。居酒屋で料理を出す度に、「おつまみになります」「お刺身になります」「お茶漬けになります」と言われたあげく、最後の会計で「おつりになります」と言われて、ついに我慢しきれなくなって「なってみろ」と口走ったのだそうだ。レジの若者は、何と嫌みな酔っ払いか、と思ったことだろう。