1月22日


求婚者達の破滅を予言した鳥占に対し、求婚者の一人が反論する。

ὄρνιθες δέ τε πολλοὶ ὑπ᾽ αὐγὰς ἠελίοιο
φοιτῶσ᾽ , οὐδέ τε πάντες ἐναίσιμοι : αὐτὰρ Ὀδυσσεὺς
 (2-181,2)

鳥などというものはいくらでも太陽の光の下で

飛び回るさ、だが全部が予兆だなんてことはないのだ、オデュッセウスだって(遠くで死んでしまったし)


こういう論争の場面のやりとり、反論、皮肉、罵倒の応酬は実に生き生きとしている。相手への切り返しのぞんざいな言葉遣いの中にも「ὑπ᾽ αὐγὰς ἠελίοιο 太陽の光のもとで」などという詩的表現が入る。そしてそれが嘲りの調子を高めている。


今日の新聞に江戸語の話が出ていた。前田勇『江戸語の辞典』によると、「稼ぎ男」は働き者のことが「稼ぎ人」はスリのことだと。うーんなるほど。面白そうだ。この本は一度見てみたい。


1月23日


オデュッセウスの部下だったメントールが嘆いて言う。求婚者達の横暴もさることながら、それを傍観している他の市民に対し憤ってだ。


νῦν δ᾽ ἄλλῳ δήμῳ νεμεσίζομαι , οἷον ἅπαντες
ἧσθ᾽ ἄνεῳ , ἀτὰρ οὔ τι καθαπτόμενοι ἐπέεσσι
 (2-239,40)

今私がけしからぬと思うのは他の市民達だ、なんと皆して

手を拱いているではないか、全く咎め立てをするでもなく


そういうことはある。今でも、どの世界でも。行われる悪と、それを傍観する悪と。『オデュッセイアー』の世界には、背景に大勢の名指しされない市民達がいる。


プルーストを読んでいたら、古い名の持つ魅力を語って面白い一節に出逢った。

「その語尾の中に響いている言語の欠陥、人種的卑俗さを帯びた抑揚、誤った発音などは、私たちの先祖達がラテン語やサクソン語に加えた様々な毀損の名残であるが、のちにはそれが厳しい文法規範となったのである」

あの長編の第二編「花咲く乙女」の中程にある。ことばは発生以来そのように変化してきたのだ。