1月3日
昨日の「煙と湯気」の話を聞いて思ったことがある。昨日引用の詩行でオデュッセウスが見ることを願ったのは「煙」であるとばかり思い込んでいたが、「湯気」の可能性はないのか。このκαπνόν
の語は「煙」を指す場合が多いが、辞書には「煙」のみならず「湯気」の語義がある。『イーリアス』の「温かい水が流れ、そこからはκαπνόν
が立っていた」(23-149)という詩行はその例だ。故郷の家庭の竈にかけた釜から立ち上る湯気、それもあり得る。しかしここでは、船から遠望する煙、やはりそちらをとりたい。
ὦ
πάτερ
ἡμέτερε
Κρονίδη
, ὕπατε
κρειόντων
(1-81)
私共の父たるクロノスの御子、王者中の至高の方よ
アテーネーの父神ゼウスへの呼びかけ。この敬意とも阿諛ともつかない懇願口調、すでに(45行目につぎ)2回目だ。オデュッセウスの最大の後見たるアテーネーはオデュッセウスへの加勢を認めさせようと一所懸命なのである。
今日は寒さが少し緩んだようだ。