信長は牡牛座の生まれだ。そのことだけでも、優れた経済人であったことがわかる。
秀吉も根っからの商売人だったので、彼らがコンビであったことは理解できる。
というよりも、この二人が考え出すアイデアは、当時の刀にだけ力を求める武将たちには
理解できなかったであろう。
安土には信長の博物館があるが、強大な権力者が世に威光をまき散らした「爪痕」は
後のぼんくらどもによって、ことごとく灰に帰している。
だから、ここに見るべきものは、ない。
残念な思いを抱きながら、客のいないレストランに入る。誰もいない、暗がりがあるだけだ。
450円払って「インドモンスーン・コーヒー」を頼む。
受付のお姉さんが「22」の番号札を渡し、「できましたらお呼びします」と言う。
私は、思わず振り返った。誰もいない、誰もいない。
そうして「22番の方」と呼ばれ、コーヒーを受け取る。
インドモンスーン・・とは何だろう?
私の知らない豆だ。いつかジャカルタ空港で飲んだコーヒーは、ドブ水のようだった。
モンスーンは台風のイメージがあるが・・さて・・
まずい。これは・・まずい。スタバよりマクドナルドより、セブンイレブンよりまずい。
これは信長にふさわしくない。
450年前、彼はすでに地球が丸いことも、自転していることも知っていた。
おそらくスペインやポルトガルから、紅茶やコーヒー、カステラも運ばれ
青い目をしたコックやパティシエが、目の前で豆を挽き、異国の香りを献上したであろう。
だから信長の舌は肥えていた。博物館のコンセプトはまずここからであるべきだ。
コーヒーなら世界中の豆を集めてこなければならない。
そうして豪華と絢爛と秘密をカップに凝縮しなければならない。
信長は本能寺で死んではいない。脱出しているのだ。
