61 小説 裁判官の子として生まれたキミ | 京都 coffee bar Pine Book

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日々楽しく生きるにはコツがあります。
まずいちいち反応しない事です。
そしてオセロの4つ角を取る事です。
4つ角とは?
1 健康
2 人間関係
3 趣味
4 仕事
コレが楽しく生きるコツです

電話番もしない三人の事務員相手に次生は孤軍奮闘するのである。


はい、モシモシ?あ〜はい、今日はねセンセー?父はね八王子です。創価大学ですね?はい?

父ではない?ボクで?ハイ、ボクはいますよ、今日。はい。

 

と、こんなやりとりが頻繁に増えてきたのだ。


事務所の2年先輩に当たる三人の事務員達は他の弁護士達から信頼がなく、全て次生に振られた。そのような期間が続いていった。


三人は日夜夕食を共に外食し、勢いに任せて有馬温泉など近場の温泉宿に泊まっては支払いは全て事務所持ちであった。


言えばキリが無い。とにかくこのような関係が続いていくのである。今、思い出すのも嫌になる。鉛のような気持ちになる。


三人は次第に大胆になっていった。


次生は潮時を考え始めたのである。 


京都に事務所運営を陣取る母、潔子も次生が事務所の状況を報告し改善の指導を頼みに行くと、決まって「放っておきー」。

つまり、今から考えると、母潔子も父康三も対処できないのだ。そのくせ三人をペットのように扱い、彼らは益々増長して行くのであった。 

やりたい放題とはこの事である。


次生はたくさんの案件を対処し康三や他の弁護士の協力を得ながら1つ1つ誠実に解決してきた。


ある日、いつものように朝イチ事務所で各紙に目を通した次生がいた。


うん?小学校のプールで溺死?

なんでやろ?溺死て?

記事を読み進めて見ると、これは酷いな?

と、言うのが第一印象であった。



プール授業中、生徒が排水口に足を吸い込まれ溺死したのだ。


なんで誰も気づかなかったのかな?

監視の先生は?他の生徒は気付いていたんではないか? 

と、記事を読み終えた次生はソファに深く腰を沈めながら、排水口に足を取られ、苦しんでいる生徒を思い浮かべて苦しくなってきたのだ。


街の民間プールでは雑踏の中、監視体制を盤石にしていても、溢れかえるプールの客に囲まれて、排水口に足を取られる事故も毎年起こっている。しかし、たいがいは大事に至らず記事にもならない。


これは、新聞に掲載された時点で大きな問題に発展していくであろうことを次生は直感で思った。


リーンリーン!

 

はい、松本法律事務所です。


はい、はい、吉本さん?ですか。はい、ご紹介はありますか?


ない。はい。で?


はい、存じております。はい。で?  

 

補償しない?単独?の事故処理?ですか?


それは、おかしいじゃあないですか!


プール事故の生徒の父兄からの電話であった。


では、詳細は事務所にお越しくださってから、はい。では、日時はー。


あの痛ましいプール事故の母親からの相談であった。


はい、この度は痛ましい事故でしたね。大変な事でしたね。


次生はプール事故の吉本さんご夫婦と話し始めた。


で?どのような進捗でした?


えっ?それだけ? 

 

余りにも低い和解金に驚く次生。


で?どうされました。


はい、それでいいと思います。1円でも今は受け取りはしない方がいいです。和解文は?

はい、預からせていただきます。コピー取らせていただいて?はい、ではお待ちくださいね。


次生は、コピーを取りながら、教育委員会の対応に憮然としていた。


では、慰謝料含め補償額の算定をしたいとおもいます。行政相手になります。複数名の弁護士をピックアップします。弁護団を組みたいと思います。行政相手はなかなか、単独の弁護士では裁判所も舐めてきますから。

しばらく待っていただけますか?


吉本さんご夫婦は次生の力強い戦略に安堵の表情を隠せなかった。


では、どうぞよろしくお願い致します。


項垂れながらも吉本夫妻は笑みを浮かべ帰っていった。


 いつも康三はす〜と足を滑らしながら事務所に入ってくる。

普通はや〜とか、おはよぉーとか、掛け声をかけて来るものである。


この日も。

えっーーー。来てたん?知らんかったわー


あんな、お父ちゃん(次生は誰も事務所にいない時は康三の事をお父ちゃん!と呼んでいた) 

これなんやけどな、知ってるか?


次生はプール事故の読売新聞記事を見せた。 

 

あ〜テレビで見た。


そう、ほな、だいたい事故の状況はわかってるな?


知ってる、排水口やろ?


せやで。でな、この生徒さんのご両親が訪ねてきやはってん?


なんで?


なんでて?な、なんか探して来たて。

元裁判官の弁護士を。


なんで、僕なん?


それは、知らん。なんかの縁やん。縁。


ふ〜ん、縁か。


で?どないするって言うたんや?


まずは、弁護士集めた。

山川先生、吉田先生、長井先生、福井先生、ほんで宮川先生とお父ちゃんや。


言うたん?全員に?


言うた。


ほな?どないて?


わかりました、て。


わかりましたて、な、お父さんもか?


当たり前やん、お父ちゃんを頼ってきやはってんで?お父ちゃん抜けてどないするねんな?


そうか、で?慰謝料いくらで提訴する?


待ってました!と、次生は思った。


慰謝料は1億円。


い、い、1億円ーーー?か?


そや、1億や!


次生はマスコミが飛び付きやすいように、1億円の慰謝料を大阪市に向けて提訴すると、決めたのだ。


1億円かぁー?