今日は、スピリチュアル&精神世界のネタで。
このブログの「スピリチュアル」書庫に、
過去のいろんな記事がありますけれど、
ずっと、自分を高めるためにスピリチュアルや精神世界を学んでました。
自分は不完全なので、それを完全なものにするために・・・と言う感じ?
いや、そう言うと完璧を目指したみたいな印象を持たれそうですが、
そうではなくて・・・
少しでもマシな自分になりたい・・・ぐらいの感じ?
ん~、それもちょっと違う?
確かに、自己否定感は強かったけど、
そこまで「俺はダメだ!」って思ってたわけでもないし。
あ、ヒーラーになりたかったですね。
みんなを癒せるヒーラーに。
ところで、今は、
この宇宙の中の地球と言う惑星のうえで、
人間として生きているわけですが、
宇宙から見たら無みたいな存在だし、
いったい、生きることに何の意味があるの?
と、昔から思ってました。
しかも、宇宙は情け容赦なくて、
隕石が落ちてきて大量絶滅するかもしれないし、
それがなくても、生態系の中では弱肉強食、適者生存で、
生き残る者がいれば死んでいく者もいる。
生き残った者だって、寿命はあるし、病気や事故だってある。
何の保証もない、この世界の中で、独りで生きていかなければならない。
誰も、自分の代わりに生きることはできないからね。
生きる意味どころか、
こんな世界に生まれてきたことに、怒りを感じていました。
両親に対してではなく、
この人間や宇宙を生み出した存在に対して。
つまり、神に対しての怒り。
そして同じくらい強い恐怖も。
だから、はやく地球なんて破滅させりゃいいのに・・・とも思ってましたね。
そういえば、子供のころ、ノストラダムスの大予言が好きで。
恐怖と期待が入り乱れてたのかなぁ?
それが、スピリチュアルを学び、
輪廻転生や魂などを知ると、
自分が消滅するわけではないことを理解しました。
そして、人間としての死について、恐れることも無いと。
これで、なにか気が楽になって、
自由になった~と思っていたのですが、
何か腑に落ちない。
それは、
輪廻転生の目的は何?
なんで、苦しい人生を送らなければならないのか?
という疑問への答えが得られなかったから。
それは神の意図が分からないということでもあって。
神は敵なのか?味方なのか?
それとも、まったくの傍観者?
それが分からないというのは、
苦しいですよ。
またもや、神への恐怖と怒り・・・。
ある教えでは、
輪廻転生は、天界でのレベルを上げていくためのレッスンとして、
沢山の人生を経験していると言っていて、
ちゃんとレッスンを学ばないと、次のレベルに行けないと。
まるで学校みたいな。
それを聞いた時、絶望・・・。
だけど、なんとなく、
そんなはずない・・・!
って思いもあったんですよね。
で、結局、「奇跡講座」との出会いによって、
私の疑問はすべて解消し、
神への怒りは消えました。
ただ、怖れだけは、まだ残ってます。
これについては、話が長くなるので、また今度。