突然ですが、
宇宙はなぜ誕生したのか?
みたいな話は、子供のころから好きでしたけど、
先日、甥っ子と、そんな話になりまして。
甥っ子は、物理学が好きなので、
物理学の見解では、
なぜ誕生したかは分からないけど、
誕生の前は、無であり、
突然、ビッグバンによって宇宙が始まったらしい。
そして、時間は宇宙誕生と共に始まったとか。
つまり、宇宙誕生前は、時間は存在していない。
物理学では、「神」を定義することができないだろうから、
「無」としか表現できないんでしょうね。
神は、
「思い」であり、「愛」であるから、
形でもなければ、物質でもない、エネルギーでもない、
それは定量化できないものだから、
無というしかない。
そして、私たちは、
神によって
神と同じものとして創造された存在なので、
私たちも、
「思い」であり「愛」である。
だから、形も何もない。
この世界では、形あるものが本物と見なし、
形無いものを否定するけれど、
これも考えてみたら、不思議なことで。
目に見えるものは、形あるものだけだけど、
目に見えないものが無いかと言うと、
そうではない・・・ということを、
私たちは、心のどこかで知っています。
それに気が付くためには、
外を見るのではなく、
内を見ること。
いや、感じること、かな。
ハートを感じること。
私の場合は、
みぞおちの辺りで、ハートを感じるので、
みぞおちに意識を向けて、
ただ沈黙すると、
だんだん感じられてきます。
しかし、
ここから、「なぜ宇宙が生まれたのか」の話に行くのは、
けっこうシンドイな!
ポイントは、
宇宙の創造には神は一切かかわっていない、
ということ。
じゃ、誰が宇宙を創造したのかと言うと、
私たちです。神によって創造された私たち。
なお、便宜上、「私たち」と言ってますけど。
どうしても、今の、人としての「私」という考え方が根底にあるので、
「私たち」と表現しますが、
これも、ホントは一つの存在ですから、
唯一の神の子ですと。
で、話を戻すと、
なぜ、私たちは宇宙を創造したのかというと、
神から逃げるため、です。
神から逃げる先として、
宇宙を生み出し、そこに逃避したと。
ちなみに、「宇宙を創造」と言っていますが、
ほんとうは、創造してなくて、
単に、夢を見ているだけなので、それは幻。
それで思い出すのは、
昔、子供たちに読んで聞かせた絵本です。
主人公の子供が、
怪獣が住む世界に迷い込み、そこで冒険を体験するのですが、
結局は、夢だった・・・というお話。
この絵本を読むたび、
何とも言えない、モヤモヤを感じていましたね。
この宇宙が、楽しい天国だったら良いのだけど、
ハッキリ言って、地獄ですからね。
こんな地獄に放り出しておくなんて、
神は、なんて残酷なんだ!
と思いましたよ。
で、話は尽きないのですが、
宇宙は、私たちの逃避行の隠れ場として生み出された、
というのが結論です。
それは夢なんですけど。