先日、長時間労働についてちょっと書きましたけど。
労働。仕事って、誰のためにやってんのか?
昔は、そんなこと考えなかったけど、
今では、思います。
誰のためでもない、
自分のため。
当然ですが。
家族を養うとか、
そんなのは、どうでもいいんです。
自分がやりたいか、やりたくないか。
ただ、仕事って、ある意味、
誰かから非難されないように生きるための手段
になっていることが多い。
だって、プラプラ遊んでいたら、後ろ指さされるし。
そして仕事してても、
自分はちゃんと仕事してますよ!責任果たしてますよ!
と、証明することが目的になっている。
それで、仕事が楽しいはずがない。
という私も、いまだに、
気が付けば楽しくない地獄に陥ってしまうことが多いんですが、
ハッと気がついたとき、
訂正しています。
仕事の中身とか、種類とか、
そんなのは、実はどうでも良いのだと思います。
仕事には、高度な仕事、やりがいのある仕事ってのがある、
と信じられていますが、
自分にとって、好きか嫌いかだけに意味があって、
他の意味はない。
極端な話、
ボランティアでやってる草刈り作業のほうが、平日の仕事より楽しかったりしますが・・・。
有償とか無償とか、そんなのどうでもよくて。
世の中の価値観がそうなっているから、
金を稼ぐためには、有償の仕事をある程度選ばなくてはなりませんけど、
有償の仕事の方が価値があるわけでもなく。
また、仕事や労働と、遊びの境目も、
あるようで、ない。
どこからが仕事で、どこからが遊びなんてのは、ありません。
仕事は、遊びじゃないんだー!
というセリフがありましたが。
仕事は苦しむもの、という価値観なのであれば、それも当然ですが、
仕事は、楽しむものという価値観になると、
全く違ってきますね。
あぁ、明日も仕事だ!(笑)