寿安は夢を見る。
誰かの過去の夢を――
天高く、満月の夜空に響く泣き声は獣の鳴き声のようだった。
哀切と憤懣が込められ、聞くものをどうしようもなく悲しい気持ちにさせる、痛ましい声。
(これは……誰の夢?)
こういったことは珍しい事ではない。波長が合う人間の夢を偶然覗き込む事はザラにあるし、「羊の見る夢」(ドリーミングシープ)という他者の夢を覗く魔術だってある。
しかしこれは、「覗き見ている」というよりは「他人の体に入って見させられている」ような感覚が強い。
(そういう場合って……相手に強く同調してるとか、相手の体に入ってる場合が多くて、しかもこっちはそれに気づかないからこっちの意識が負けている状態よねー……)
抵抗しようにも今の自分は魔力や力を持たない意識だけの存在だ。抗う術もない。
しかも、長い期間眠れていなかったせいか、気力が回復せず、意識は目覚めているのに起きられない。
(ま、いいわ。退屈だし)
映画や本を見る感覚で、この夢を見ておこう。と半ば諦観して、目の前の映像に気を向ける。
(あれ……? 確かこの風景、夢に見ているわよね?)
嫌な夢を見なくなった時、時折この風景が現れた。夜空には真円の月、周りを彩る桜の花、甘い香り。写真から飛び出した、というぐらい正確にこの風景を覚えている。
ということは、
(この夢の主が、あたしを……?)
「――」
小さな声が聞こえて、見上げていた空から視線が下へ向く。
腕の中には女性がおり、その女性の髪は枝のようにごつごつし、肌はどことなく薄緑色である。
(んー・・・・・・これって、樹人(ドライアド)よね?)
樹人はレストールガイアの種族ではなく、他世界の住人である。
寿命は樹人が宿る樹の年齢と同等で、容姿もそれと比例する。世界樹レベルになると老齢、数百年の樹なら20~50ぐらいで、苗や樹になって日が浅いものは幼年となるらしい。
寿安にも知識としてはあるが、間近でその姿を見たのは今が初めてだ。
「――、わたし、もうだめみたい」
「何故だ。俺の力を使えばお前は生きられる。また、一緒に――」
「うそよ。それだと、貴方が先に死んでしまうわ。あれは貴方に馴染んでいないのでしょう?」
「っ……」
「世界をかたどる力。あんな力を操れる人がどこにいるのかしら。それは破壊者なの? それとも、英雄(ヒーロー)かしらね?……こほ」
「いいからもう、喋るな。お前が壊れる」
「ふふ、優しいのね」
樹人の頬に涙が伝う。樹人のものではなく、その人の涙だ。そして柔らかく、花びらが散るように末端から体が崩れていく。
ああ、と男性の声で嘆きが喉から滑り落ち、樹人をかき抱く。ほろほろと崩れる体は、もはや崩壊を止めない。
「――、貴方が、泣いてしまわないように」
「せめて、貴方の傍で咲かせて」
「……夢か」
コウは、懐かしい夢を見た。幻影があって、陽桜ともまだ出会ってない頃。アカシッカーとして動いていて、幻影はまだ調査段階にもなっていなかった。
さくら、という名の樹人と出会い、恋して、死に別れた。
あの時死んだ彼女の遺体と出会った場所は、空間圧縮を施し、今は――
「さくら、俺はもうすぐそちらへ行く。それでも、この人だけは変わらず護ってほしい」
そっと寿安の指を撫でる。そこには桜を模った指環がほんのり光を放っていた。