『リ~ザ~っハロハロ~♪』
名を呼ばれたリーザも、同じように彼女を呼んだ相手を見たルヴァル達も、我が目を疑った。
濃い緑色の瞳に柔らかく波打つ印象強い赤い髪、見るものを魅了する美しき女性――ローズノーズ。
先ほどの一騒動の最中、中途半端な別れをしたばかり、そう思っていた。
「………っ」
それが、目の前でにこにこ笑って、のんきにひらひらと手を振っている。
ただ軽く手を振っているだけなのにその動作も優雅に見えてムカついた。
一瞬頭が真っ白になり、文字通り開いた口が塞がらなかったリーザは、己の視界でへらへら笑う極上美女の手が五往復した所で怒りと羞恥が一気に爆発した。
先ほどの自分の涙はなんだったんだ。
いや、アレは別に彼女のために泣いたわけでもなんでもないが。
しかし泣いた時頭の隅でちょっとだけその姿が浮かんだわけで……。
まさか、自分でも気付いたばかりの気持ちまで。
そんな。
まさか。

『あっ大丈夫よ!何も見てないわよ、言ったりもしないわよ♪大丈夫大丈夫、私もそこまで野暮じゃな…』
ローズノーズの言葉は真っ赤な顔をしたリーザの叫ぶような怒声でかき消された。
「アホ娘っ!!」
後にこの時の事をクラウンは「いやぁ、見事なハリセン捌きだった」と言って頷いたらしい。


『いやぁん、リーザったらぁ~。まずは名前で呼んで欲しいわ』
「まだ言うか、おぬし再生はもう終わったのではなかったのか!?」
『何言ってるのよ、まだ十分残ってるわよ。さっきのは自分で止めたのよ。タイマーセットしてね』
何とか我に返り、冷静に冷静に、落ち着いて…と思っているリーザの神経を、逆撫でるつもりなのか、そうではないのか。
けろっとした様子で、ローズノーズは軽く答える。
喋らせると勿体無い美女の見本のようだが、その方が息も詰まらず丁度良い。
黙った見た目だけなら生きた人間とは思えないから、喋っている方がいいなと思うのが傍で見ていたクラウンの意見だ。
(…って、死んでるんだっけ、この女。ん?なんで死んだ人間が今目の前にいるんだ?)
「なぁ…お取り込み中申し訳ないが、そちらは既にお亡くなりになっているって、それで今目の前にいるってのはどういう訳なんだい?」
手を上げてリーザとローズノーズの間に立ち、クラウンが尋ねるのに同じく、センカも頷く。ルヴァルが頷かなかったのは見当がついているからだろうか。
「こやつは死んでおる、もう何年も前にの。それは確かじゃ……。しかしの、ここにいるのもある意味ではアホ娘本人じゃ」
「はい?」
「昔、こやつに強請られてのう、わらわが作った記録装置じゃ…立体映像を録画・録音し再生できる機械を作ったのじゃ。記録装置は再生時立体映像として音と映像を再生する、今目の前に居るこやつはその実体を持った映像に過ぎん」
機械、という単語に聞きなれないのかクラウンが小さく呟き首を傾げたのに対して、リーザは「アオやシロ、クロのような物のことじゃ」とアバウトな説明をしてやる。
そこでああ、と納得したクラウンだが、更に疑問を続ける。
「で、その機械を使うと死んだ人間とこうやって会話出来るのか?」
「出来ぬ」
「出来ないわね」
キッパリとした二人の否定の言葉にクラウンは目をまるくし、一旦言葉を失う。
「え?」
やっと出た言葉がそれだった。
「実体を持って居るからな、触ることが出来るし、生きた人間がそこにいるよう錯覚させることくらいは出来るやもしれん。しかし、そうじゃな……ピエロ」
「おぬし、交換日記で相手と会話出来るか?」
「は?交換日記って文字で相手と会話するものだろう?」
「そういうことではない、全く。なら本と会話することが出来るか?」
「………無理、だろう?誰だって」
本に話しかけて返事が返ってくることを期待する馬鹿はいない。
何故なら本は過去の物。
描いた作者はその本を誰が読み、その時何と言うかなど、未来のことを分かりはしない。
ただ文字を記すだけ。決して読み手の問いかけに答えることなど不可能。
そこまで思い至り、クラウンもセンカも気がつきはっとする。
「おい、まてよ。それじゃあ」
「………この機械もつまりは今おぬしが思っているように、そういうことじゃ」
「だってそれじゃぁ」
センカは信じられないものを見る目でローズノーズを見た。
問いかけに答え、会話を成立させる。
美しすぎる女はセンカとしっかり目を合わせ、にっこりと優しく、優雅に微笑む。まるで女神のように。
それが逆に恐ろしく、気味が悪いと感じ、思わず一歩後ろへ下がった。
ローズノーズはそれを見ても何も言わずただ、微笑んだ。その目は既に何度も浴びた視線の一つだったから。
慣れっこよ、と楽しそうに笑っていたローズノーズをリーザは思い出した。
「こやつが、わらわ達と会話を可能としておるのはこやつが予言者、未来を知る術を持っておったからじゃ」
「予言でここまで…?」
「ただの予言とは違うらしい」
『ただ未来が分かるだけじゃない、見たい時見たい場所、現在過去未来、全世界、そこに存在する動静物の細かい言行、感情の機微それに生死…それこそ滅亡の時まで』
静かな声で、ローズノーズは言葉を紡ぐ。珊瑚色の唇を笑みの形にし、その伸びやかな両腕を広げて舞踏のようにくるりとその場で回った。
燃えるような赤い髪。白い肌。
奇跡のような存在の一挙一動が美しかった。
『なぁ~んでも記されてるのよ。私はただそれを読むことが出来るだけ。いわゆる、アカシック・レコード、をね』
「アカシック・レコード……っ!?」
彼女の動作に目を奪われ、心奪われ、言葉の意味を飲み下し息を呑んで、そう言ったのは誰の声か。
『組織のことじゃないわよ?あるのよ、そういうものが。知ってる子もいるでしょう?だからまぁ、今はおいて置きましょう?私勉強嫌いなの、再生時間がもったいないわ。そんなことよりはいこれ』
そう言って、ローズノーズは母親が子供にお手伝いのお駄賃を渡すようにポンっと、リーザの手の平にあるものをのせた。
それは掌に納まるほどの大きさの水晶球だった。
その中に水が入っている。
「アホ娘、これは何じゃ?」
掌中の水晶球を見ながらリーザが問うのに、ローズノーズは拗ねた子供のように、『も~うっナ・マ・エ!』と文句を返し続けた。
「アホ娘…」
じとりとした目で問い詰めるリーザに、口を尖らせながら仕方なくといった体でローズノーズが答えた。
『それは三つ目の歌、恋の歌のための涙よ』

一瞬の沈黙。


次の瞬間その場でローズノーズ以外の人間全てが叫んだ。

「「「「「はあああぁぁあああぁぁあああああああっ!!?」」」」」

「な、何故おぬしが持っておる!というか今何故渡すのじゃ!?というか隠されるはず…これは本当に本物かっ?」
リーザの声も自然と上擦るのに対し、井戸端会議のおばさんのようにローズノーズは答える。
『私が持ってたんじゃなくて保管場所から持ってきたのよ。保管してたら意味がないし今が渡す時だから渡すの。本当に本物よ♪』
「意味がない…じゃと?」
『心ある者が持って始めて意味があるのよ。保管してるだけじゃただの水晶球よ』
「心ある者が…?」
『心がなくちゃ涙は流せないわ。知らない?どこかの世界の昔の人はね恋の水と書いて“なみだ”と読んだそうよ。御伽噺でも見えなくなった王子様の目に光を与えるのは恋人の愛と涙よ。想いの強い水をなめないことねv』
軽い口調とともにローズノーズがウインクする。
『その水晶球は神が人に授けた宝、その水晶球に水が満杯になった時、歌がわかるわ。だから、その水晶球に相応しい涙を集めなさいな』
ローズノーズの言葉に一同、リーザの手中にある水晶球を見つける。
水晶球には穴一つ無い、どうやって水…涙をこの中に集める?
「どうすれば、集まる…?」
『勝手に溜まるわ』
ルヴァルの問いに事も無げにローズノーズは答えた。まるで当たり前のことを聞かれて答えたようだった。
『神の宝を甘く見ないことね、相応しい涙が流れれば、それは自然とその水晶球へと溜まるわ』
ローズノーズの瞳がすっと細められ、まるで神女のお告げのように抑揚なく言葉が流れる。
『残り三つの歌のことも教えてあげるわ。残念だけれど、誕生の歌はあなた方は手に入れられない。それは敵対する者が手にする宿命(さだめ)』
周囲に緊張が走る。敵の手に大事な鍵の一つが落ちると言うことが今はっきりと告げられたのだ。
『そして別れの歌と祈りの歌は探す必要は無いわ』
「……何故じゃ」
『別れの歌は死者が運ぶもの。<十六の目を持つ蛇>が知っている…と言えば誰かさんには分かるでしょう。そして…』
そこで一度ローズノーズが言葉を切る。瞬間辛そうな眼をしたのを、センカだけが見逃さなかった。
『祈りの歌は…ただひたすらな強い願いに誘われる』
そこで一息ついたローズノーズは適当な位置に腰掛けた。表情は先ほどとは打って変わって明るい悪戯好きの子供のようだ。
『だからあなた達がこれから出来ることを教えてあげる。決して絶望せず、独りを望まず、生きることを考えなさい』
それは、とても簡単なようでいて、難しいとも思える助言だった。
『そうしてたら、水晶球の中も満杯になってるわ。信じなさい、予言者ローズノーズの言葉を』
そう締めくくる言葉は今までで一番力強い言葉だ。全身全霊をかけて、己と己の言葉を信じ、聴く者さえも信じきったものの声だ。
「お前は…死んでからも勝手が過ぎるの…」
生者よりも強い瞳の輝きを持つローズノースに呆れた溜息を吐きながらリーザは承諾したような空気を出した。
そこへくすくすと笑いながら、ローズノーズがリーザへと耳打ちする。
『意地張っちゃ駄目よ、リーザ。私可愛い親友の応援してるわ、頑張ってね☆』
「っな、おぬっ、なんのことじゃ……!?」
こそりと言われたその言葉にリーザはどきりとするとともにかあぁっと顔を赤くさせた。
『あら、知らないの?』
リーザの慌てふためく様子を楽しそうにローズノーズは見ながら続ける。
『“恋は人を変える”とか“キスには魔力がある”って聞いた事ない?前者なら探さなくても犬が棒に当たるより早く見つかるだろうから一度見ておくといいわ。後者は御伽噺で有名じゃない“王子様のキスで呪いの眠りからお姫様は目覚める”って、王道よ』
「何を分けの分からぬことを…っ」
『信じなさい、世界の常識よ。愛は世界を救うわw』
そう言ってウインク一つに投げキッス。
ふふふ、と愉しそうに魅力的な笑みを浮かべた赤毛の女は『あら、もう時間ね。それじゃあね』と告げてその姿を消した。

 自分で言っておいて、コルトの表情は怒りへと変わり、同時に嫉妬を覚える。

 機械に心を植え付ける。それは幾度となくやってきたことで、いいところまでは行くのだが、肝心の心が芽生えない。成功したのは二件、いや、リコリスだけか。

 隣に立っているかわいい下僕も、世間的には成功の部類に入るだろう。けれどコルトにしてみれば失敗だ。肝心なモノをコレは忘れているのだから。

「……まあいいか。またリコリスのデータに何かあったら報告しろ。俺はしばらく部屋にいる」

「あっ、はい」




 一方、マラトラムにいるルヴァル達は、もう危険が無いと伝えにきたクラウンと共に村へと戻る。襲撃により一部の家屋が壊れたりしているが、村の人々に被害は無かったようだ。

「皆さん、大丈夫のようですね」

 オースティンが迎えてくれる。どうやら彼も無事のようだ。

「あやつらが何を狙ったのかはだいたいわかっておる。女神の歌を壊しにきたのじゃろう?」

「そのようです。今度の襲撃に備えて、隠すなり封印するなりしたほうがよさそうですね」

「確か歌は全部で四つ、この天界の各界にそれぞれ隠さされているのじゃったな?」

「ええ。他の歌の場所は知りませんが、簡単には見つからない場所にあると思いますよ。あれが破壊されると再生の歌が無くなりますからね」

「……まったく、女神のことといい歌のことといい、考えることが山ほどある。小僧達と合流した後はじっくりと今後のことを話していかないといけないのう」

「今日はもう遅いです、部屋を用意してあるので今日はそちらでお休みください」

「ありがとう、それに甘えることにしよう」

 オースティンに案内された部屋に通され、それぞれ床に就いた。



所変わって『鞘』の研究を進めていた四人は『鞘』がなくなったことで待機状態となり、話題も『鞘』からは離れたものになっている。

トサカがある機械の数値を示している書類をテーブルに放り、鴉津明王にといかける。

「なぁあっちゃん。機械にとって「苦しい」っていう状況って、何だと思う?」

「ふうむ、「苦しい」とは、データがメモリを圧迫している状況なのでしょうか。それともウイルスの進行を受けているのでしょうか。しかし……これはリコリスさんのデータですよね?」

その言葉に反応したのはコルトだ。

「おいおい、脳を弄ったのは俺だぞ? メビウスとつないでメモリ圧迫やウイルスから無縁にした自己進化型の脳みそに改造(なお)してやったんだからな」

永久魔術機構「メビウス」。

捩れた八の字をしたそれは、魔術をその中で永久に発現させ循環し続けることで、理論上エネルギーを無限に吐き出し続ける装置である。

脳にも並列接続することで脳細胞の活動を常時活発化させ、脳の自己進化を可能にした。

機械的にも、生物的にも。

「……とはいうものの、脳に関しちゃ俺でも未知の部分が多い。例えば、左脳がなくても右脳だけで通常の生活が出来たりするらしいからな、今回のリコリスのケースに当て嵌めてみると、」

椅子をぎぃ、と鳴らしドクターはのたまう。

「確かに頭の中のデータは改竄した。ヴェリスドットの記憶を消した。しかしメビウスを繋いだ事で、ヴェリスドットの痕跡を見つけることで脳が補完してしまっているんだ。ヴェリスドットの存在をな。と、いう事はだ」


「機械にして心を得る――どの機械にも不可能とされた人間独自の営みによって、あいつは痛みを得ているのさ」