今日は理工系の研究室の構成と生活についてお話します。
これから理工系に進むひとには参考になればいいし、
理工系じゃない人にはちょっと興味のある世界かなとも思うので…でもないかな。
私は理工系大学をいくつか経験しているので、その経験をもとに書きますが、
大学や学科によって違うところもあるというのをご承知おきください。
あと、逆に文系の研究室ってどうなってるのかなって気になりますね。
学校行かないでいいとか本当なのかなあ。
さて、理工系の研究室、大学によって3年から所属する場合と4年から所属する場合が
あるんですが、まあ、だいたい本格的に研究しはじめるのは4年生からなので、
4年生からとして、構成はこんな感じ。
4年生:10名前後(通称学部生とかB4とか)
修士課程:1学年数名~10名くらいまで(通称M1、M2)
博士課程:0名~?名(通称博士)
助手、研究員等:0名~数名(通称ポスドク)
助教授:0名~1名
准教授:0名~1名
教授:0名~1名
+秘書さん(上限不明)です。
お金があれば秘書さんが雇えます。
秘書さんの仕事は学生の出張経理もしてくれますが、基本的には忙しすぎて
ダブルブッキングをしまくり、
約束を忘れまくり、
書類をどこかにやってしまう
教授の世話をすることです(激務)
研究室構造、(年が)上の方から解説します。
たいていの研究室は教授がトップですが、最近は若い人にもチャンスをということなのか
准教授がトップの研究室も見かけるようになりました。
ただ、その場合は年齢的な問題だけで、ある年数経てば自動的に教授になることが
約束されていると考えていいと思います。
但し、教授と准教授が同じ研究室にいる場合、准教授が自動的に教授になるかというと
それはわかりません。
教授の退官とのタイミング勝負と、教授との人間的な関係に左右されるからです。
いがみあっている場合もあり、この場合、うっかり教授と准教授の争いに巻き込まれると
学生はたいへんな目に遭います。
ともあれ、研究室をもてるのは教授か准教授と覚えておいてください。
教授がいる場合は、教授がトップです。
助教授は大学に雇われていますが、任期がついていることがほとんどで、
但し、任期が終わったら准教授になれるチャンスがあるよ!みたいな
なんだろう、すごく口約束っていうか、結局人間関係とタイミングみたいな感じなんですけど
ポスドクよりは断然安心な立ち位置です。けっこう長くいる可能性も。
ポスドクは大学と契約によって色んな名前があるので、ひっくるめてポスドクと呼ばれています。
ポスト・ドクター、つまり博士を既に取ってる人たちのことです。
契約形態については学生には関係ないので、また別途話すとして、契約期間が切れたら
サヨウナラしないといけない人たちです。
この人たちの人数=研究室がなんぼ金持ってるか、とも言えるかも知れません。
これもまた別トピックなので、ここではスキップ。
ともあれ、このポスドク以上の人たちが外部からは「先生」と呼ばれます。
博士課程の人数は大学によってまちまちです。
外部から来たひと、会社を辞めて来たひともいて、様々な年齢とバックグラウンドを
持っているうえに、何年いるかわからない人もいるのでうっかり博士X年生と言えません。
だからきっと、M1とかM2みたいにD1とかD2とか言わないんですねー。
ぶっちゃけた話、ランクの高い大学ほど人数が多く(そりゃ色んなとこから集まるからね)
ランクの低い大学ほど限りなくゼロに近いです。
修士課程の人数も、概ね、上に書いたのと同じです。
但し、博士に比べて人数は格段に多いです。
どんな研究室でもゼロということはないでしょう。
ランクの高い大学だと、寧ろ学部生が全員修士に上がるのも珍しいことではありません。
そうすると、学部生より修士より上の学生が多くなるという逆ピラミッドになります。
後輩の面倒を見てくれる先輩が増える、ということになるので、
学部生はよりよい環境で研究をできると考えてください(ポジティブに)
学部生の人数は大学によって決まった人数です。
つまり学部生全体の人数を研究室で割った数プラマイ教授のパワーです。
教授パワーが大きいと、余り人数が配分されます。
教授パワーが低いと、余り人数は配分されません。
というわけで、たとえば、100人の学生がいる学科で、10個研究室があれば
学部生は10人ずつ配分されるということになります。
ちょっと多いかな。
私が見てきた限りでは、7~9といったところです。
で、それが大体修士に行くと考え、かつドロップアウトしなければ単純計算で、
学部生+M1+M2で30名になります。
ここに博士と先生たちが加わるので、概ね35名以上が一緒に研究室で過ごすことになります。
修士に行く学生が半分でも、25名以上。
このうち、女子学生の数は2,3名と考えてください。
うっかりしたら1名、あなたひとりです。
研究室では学部生の場合、研究室のトップから研究テーマが割り当てられます。
もちろん学生が希望を言うこともできますが、基本的には教授の一存です。
修士の場合、学部のテーマを発展させてもいいですし、
自分で研究テーマを決めることもできます。
但し、教授の一存があれば、逆らえないと思ってください。
研究テーマが決まったら、関係する論文を読みまくり、ハードウェアを作ったり、ソフトウェアを作ったりして、実験に次ぐ実験、うまい結果が出たら学会発表、大忙しです。
夏休み?盆休みくらいはあります。
冬休み?正月休みくらいはあります。
春休み?うっかり学会をねじ込まれるまえに逃げてください。
つまり、バイト漬けの長いお休みなんて理工学部には存在しません。諦めてください。
その代わり、理工学部をおおいにエンジョイできます。
とんでもなく高い機器を自由に使うことができます。
誰もやらないような実験をやることができます。
えらい先生の前で発表もできます。
ドキドキワクワクの毎日です。
ハラハラもあります。
実験、成功するのかなー、作ったソフト動くのかなー、ハードぶっこわれないかなー、
取材が来るって先生が勝手に決めたけど、当日になるとぜったい動かないのは何でかなー、
そんな学生生活を過ごせるのは理工学部だけ!(多分)
充実していることはお約束します。
合コンとかバイトとかなんかこう日焼けできるはしゃいだ大学生活じゃないけど、
そんなのよりずっと面白いことできます。
実験準備のときは帰れません。
論文の提出間近になると帰れません。
そういや今日ご飯食べたっけ…とか思いながら養生テープを床に貼ってたりするかも知れません。
研究室には通うというより、住む感じになります。
男子学生なんて本当に住んでるやつ、います。
床に寝てるやつ、机に寝てるやつ、います。
研究室にエアマットレスとか寝袋があります。
購買に買いに行くのが面倒くさいからという理由で、お菓子を箱買いするやつもいます。
ここ店か?ってくらいお菓子の箱が並んでいるのを見たことがあります。
みんなで夕ご飯食べに行って、朝日拝んで、みんなで朝ごはんをコンビニに買いに行くこともあります。
私はそんな生活を、青春って感じだなあと思ってましたが、
卒業して女子漫画を読んだらそんな青春、どこにもありませんでした。
そんなどこにもない青春を経験できる貴重な場所が研究室です。
女子の数、少ないのにそんな生活…と思ったあなた、大丈夫です。
あまりにも決定的に少ないので、女子校と同じ、というか男子校のノリです。
うっかり女子が多いよりも、普通に馴染めます。
問題は男女関係ではありません。
研究関係です。
次は研究にまつわる男子の嫉妬がマジ怖い話をします。実例付!ほとんどホラーだよ!
久々に再開するにあたって何を書くか迷いましたが、夏休みだし、丁度いいかなと思って、大学の選び方の話をすることにしました。どう丁度いいんだろうというのは置いておくとして、もちろん、”理工系”学部に進む女子が前提です。
まず、絶対これはやってはいけないという選び方
1.親の言いなり
2.大学のネームバリュー
1は当然だと思っていましたが、最近そうでもないようなので……
親が学校を決めるのは中学まで。
そこまではまあ、教育方針や家庭の事情等あるでしょうから、親の言いなりになるなとは言いませんし、小学生が自分で決めるというのは難しいところもあります。
しかし、大学については、決して親に決めてもらってはいけません。
もし、そもそも理工系に行くと決めたのが親であって自分でないのならば、理工系に行ってはいけません。
理工系の大学は親に言われたから来ました、親が決めたから来ましたという理由では通いきれないからです。
他の学部がどうだか知りません。行ったことないからね。
でも、少なくとも、理工系に関しては断言できます。
自分が好きなことをやるために、自分が好きな大学を選んでください。
そうでないと、無意味な4年間を過ごした挙句に理工系から足を洗うか、あるいは途中でドロップアウト(留年ではありません、退学と言う意味です)することになります。
2も決してやってはいけません。
大学のネームバリューで選んで、「XX大学にいるから自分は偉い」と思っている学生さんをよく見ますが、自分のやりたいことがない大学に進んでも身につくのは無意味なプライドだけです。
現在、大学のネームバリューにはあまり意味がないと思って構いません。
子供の数は少なく、大学は学生を確保するのに必死です。
できるだけ多くの学生を確保しようと手を変え、品を変え、より魅力的なロケーションや校舎を売りにしていますが、本質的な教育機関としての問題が山積みのまま放置されています。
大学名に惑わされず、自分の学びたいことが本当に学べる環境なのかを見極めなければいけません。
ここで、理工系大学の学部でどんなことをするのか簡単に書くと、大学によって差はありますが、1年目は一般教養と大学で必要とする基本的な理系の知識を学び、2年目からはもう少し学部の専門に寄って実験も入ってきます。3年目からは大学によっては研究室に所属して学科の専門あるいは所属研究室の専門的な知識と実験。4年目は研究室で卒業研究を行うというのがベーシックな流れです。
卒論は絶対に書かなければいけません。卒論を書くためには、研究を必ず行わなければいけません。研究をするためには、大学に通いつめる必要があります。ここが文系との大きな違いだと思います。
すなわち、3年から、あるいは4年から、所属した研究室にほぼずっといて研究を行うことになります。同じ研究室の仲間と暮らすような感じだと思ってください。修士や博士の先輩がいたり、或いは後輩がいたりもします。研究の状況によっては泊まりもあります。もちろん自主的なもので強制ではありませんが(但し、深夜に実験する必要がある研究もありますので一概にはいえません)、泊まることは異常事態ではありません。「昨日泊まったから今日は帰る」というのが普通の世界です。
それから研究室に所属したら夏休みも冬休みもほぼありません。お盆休みや正月休みくらいで、それも自主的ですが、基本的に研究室にずっといて研究することになります。
文系と違って理工系は研究室でないと実験できない、すなわち研究できない場合がほとんどだからです。
ですから、自分のやりたい研究を楽しんでやらないと、とてもじゃないですがこれを乗り切ることはできません。
今は子供が少ないので大学も甘くなりました。研究をまともにやらなくても卒業はさせてくれるかも知れません。しかし、それでは理工系に行った意味がありません。
研究をやることで、沢山のことを学ぶことができます。それは専門領域だけではありません。文章の書き方、発表の仕方、さまざまな問題の解き方、計画の立て方、物事の考え方、そして創造する力を養うことができます。それは、社会に出て、たとえ研究とはまったく違う内容の仕事に就いたとしても必ず役に立つ力です。
大学を決めるときは、まず、自分のやりたい研究をやっている大学を見つけましょう。
具体的でなくてもいいです。こんな感じの研究がやりたいというのは理工系と決めた時点でいくつかあると思います。あるいは漠然と人の役に立つものが作りたいという考えかもしれませんが、それでも構いません。
大学のサイトで理工学部を探して、そこに載っている研究室をすべてチェックして、自分がやりたいと思う研究をしている研究室、自分の考えと似た考えで研究をしている先生を見つけましょう。
但し、ここで注意してほしいのは、先生の年齢です。研究室の教授の年齢が定年に近い場合、あなたが4年生になったときには定年しているおそれがあります。また、もし、あなたが院に行きたいと思ってもその頃には定年が来てしまうおそれもあります。ぶっちゃけ、若い先生には色々問題も多いので若い先生を選べとは言いませんが(この話は別途やりますが、特に口や顎にチョビヒゲを生やしている連中には要注意だと個人的に思っています)、卒業後の相談に乗ってもらうことも考えて、ある程度の年の方であることをチェックする必要があります。
ちなみに、大学で楽しく研究をしている先生は概ね若く見えますのでご注意を。
次に、行きたい研究室のある大学のオープンキャンパスに行きましょう。
これは必ず一人か友達と行ってください。遠方の場合は親が来るのもやむをえないかもしれませんが、基本的に見学は親抜きの方がいいです。
オープンキャンパスでは研究室を紹介してくれる先輩方と会うことができます。親御さんがいると、先輩方も学生さんなので、少々喋りづらいところがあります。でも、学生さん同士であれば、気兼ねなく色々な話をしてくれるはずです。質問にも答えてくれるでしょう。教授が本当にサイトに載っているとおりの人なのかもチェックできます。楽しい研究室であれば、みんな仲良くやっている筈です。そういう雰囲気も大学を決めるひとつのポイントになります。
それから、自宅から大学までの通学時間にも気をつけてください。
実家から通うと決めているのならば、片道1時間半が限度だと思います。それ以上になると、通学時間が重荷になって研究室に来なくなるケースが多く見受けられます。特に女性は、洋服を選んで、着て、メイクをして、髪を整えて、と出かけるのに色々やることが多いので、通学時間が男性よりも負担になります。研究の時間が足りなければ、余計に通学時間が負担に思えて、大学に行きたくなくなる負のスパイラルに突入します。
負担にならない通学時間も大学を決めるポイントのひとつにしましょう。
それから、トイレ。
いきなり生活感のある話になりますが、意外に重要です。
古い大学校舎の理工学部は女子トイレが少ない場合があります。少ないだけならいいのですが、ひとけのない、端っこの方にぽつんとあったりして、しかも非常ベルが設置していない、となればあまり宜しくありません。大学は意外に色々な人が出入りできる場所です。学生にもろくでもない人間がいます。残念ながら、理工学部の女子トイレには痴漢や盗撮の可能性があります。私自身も一回、隣の個室の下の隙間から鏡が出てきて、慌ててトイレを飛び出した経験があります。このときは、痴漢の閉じこもった個室を蹴ったり、上から水をかけたりしましたが、埒が明かず、誰も助けに来てくれなかったので、人を呼びに行った隙に窓から逃げられてしまいました。
今は非常ベルが個室内に設置されているトイレが多いですが、古い校舎、田舎の校舎だとまだ設置されていないところもあります。オープンキャンパスに行ったときに、女子トイレの安全性が確保されているかもチェックしてください。
次は研究室の構成やお金(研究室がどれだけ予算持ってるか)の話をしたいと思います。
これも大学に入ってみないとわからないと思いますが、あらかじめ知っておくと大学のサイトで研究室のページを見たときに役に立つと思うので。
まず、絶対これはやってはいけないという選び方
1.親の言いなり
2.大学のネームバリュー
1は当然だと思っていましたが、最近そうでもないようなので……
親が学校を決めるのは中学まで。
そこまではまあ、教育方針や家庭の事情等あるでしょうから、親の言いなりになるなとは言いませんし、小学生が自分で決めるというのは難しいところもあります。
しかし、大学については、決して親に決めてもらってはいけません。
もし、そもそも理工系に行くと決めたのが親であって自分でないのならば、理工系に行ってはいけません。
理工系の大学は親に言われたから来ました、親が決めたから来ましたという理由では通いきれないからです。
他の学部がどうだか知りません。行ったことないからね。
でも、少なくとも、理工系に関しては断言できます。
自分が好きなことをやるために、自分が好きな大学を選んでください。
そうでないと、無意味な4年間を過ごした挙句に理工系から足を洗うか、あるいは途中でドロップアウト(留年ではありません、退学と言う意味です)することになります。
2も決してやってはいけません。
大学のネームバリューで選んで、「XX大学にいるから自分は偉い」と思っている学生さんをよく見ますが、自分のやりたいことがない大学に進んでも身につくのは無意味なプライドだけです。
現在、大学のネームバリューにはあまり意味がないと思って構いません。
子供の数は少なく、大学は学生を確保するのに必死です。
できるだけ多くの学生を確保しようと手を変え、品を変え、より魅力的なロケーションや校舎を売りにしていますが、本質的な教育機関としての問題が山積みのまま放置されています。
大学名に惑わされず、自分の学びたいことが本当に学べる環境なのかを見極めなければいけません。
ここで、理工系大学の学部でどんなことをするのか簡単に書くと、大学によって差はありますが、1年目は一般教養と大学で必要とする基本的な理系の知識を学び、2年目からはもう少し学部の専門に寄って実験も入ってきます。3年目からは大学によっては研究室に所属して学科の専門あるいは所属研究室の専門的な知識と実験。4年目は研究室で卒業研究を行うというのがベーシックな流れです。
卒論は絶対に書かなければいけません。卒論を書くためには、研究を必ず行わなければいけません。研究をするためには、大学に通いつめる必要があります。ここが文系との大きな違いだと思います。
すなわち、3年から、あるいは4年から、所属した研究室にほぼずっといて研究を行うことになります。同じ研究室の仲間と暮らすような感じだと思ってください。修士や博士の先輩がいたり、或いは後輩がいたりもします。研究の状況によっては泊まりもあります。もちろん自主的なもので強制ではありませんが(但し、深夜に実験する必要がある研究もありますので一概にはいえません)、泊まることは異常事態ではありません。「昨日泊まったから今日は帰る」というのが普通の世界です。
それから研究室に所属したら夏休みも冬休みもほぼありません。お盆休みや正月休みくらいで、それも自主的ですが、基本的に研究室にずっといて研究することになります。
文系と違って理工系は研究室でないと実験できない、すなわち研究できない場合がほとんどだからです。
ですから、自分のやりたい研究を楽しんでやらないと、とてもじゃないですがこれを乗り切ることはできません。
今は子供が少ないので大学も甘くなりました。研究をまともにやらなくても卒業はさせてくれるかも知れません。しかし、それでは理工系に行った意味がありません。
研究をやることで、沢山のことを学ぶことができます。それは専門領域だけではありません。文章の書き方、発表の仕方、さまざまな問題の解き方、計画の立て方、物事の考え方、そして創造する力を養うことができます。それは、社会に出て、たとえ研究とはまったく違う内容の仕事に就いたとしても必ず役に立つ力です。
大学を決めるときは、まず、自分のやりたい研究をやっている大学を見つけましょう。
具体的でなくてもいいです。こんな感じの研究がやりたいというのは理工系と決めた時点でいくつかあると思います。あるいは漠然と人の役に立つものが作りたいという考えかもしれませんが、それでも構いません。
大学のサイトで理工学部を探して、そこに載っている研究室をすべてチェックして、自分がやりたいと思う研究をしている研究室、自分の考えと似た考えで研究をしている先生を見つけましょう。
但し、ここで注意してほしいのは、先生の年齢です。研究室の教授の年齢が定年に近い場合、あなたが4年生になったときには定年しているおそれがあります。また、もし、あなたが院に行きたいと思ってもその頃には定年が来てしまうおそれもあります。ぶっちゃけ、若い先生には色々問題も多いので若い先生を選べとは言いませんが(この話は別途やりますが、特に口や顎にチョビヒゲを生やしている連中には要注意だと個人的に思っています)、卒業後の相談に乗ってもらうことも考えて、ある程度の年の方であることをチェックする必要があります。
ちなみに、大学で楽しく研究をしている先生は概ね若く見えますのでご注意を。
次に、行きたい研究室のある大学のオープンキャンパスに行きましょう。
これは必ず一人か友達と行ってください。遠方の場合は親が来るのもやむをえないかもしれませんが、基本的に見学は親抜きの方がいいです。
オープンキャンパスでは研究室を紹介してくれる先輩方と会うことができます。親御さんがいると、先輩方も学生さんなので、少々喋りづらいところがあります。でも、学生さん同士であれば、気兼ねなく色々な話をしてくれるはずです。質問にも答えてくれるでしょう。教授が本当にサイトに載っているとおりの人なのかもチェックできます。楽しい研究室であれば、みんな仲良くやっている筈です。そういう雰囲気も大学を決めるひとつのポイントになります。
それから、自宅から大学までの通学時間にも気をつけてください。
実家から通うと決めているのならば、片道1時間半が限度だと思います。それ以上になると、通学時間が重荷になって研究室に来なくなるケースが多く見受けられます。特に女性は、洋服を選んで、着て、メイクをして、髪を整えて、と出かけるのに色々やることが多いので、通学時間が男性よりも負担になります。研究の時間が足りなければ、余計に通学時間が負担に思えて、大学に行きたくなくなる負のスパイラルに突入します。
負担にならない通学時間も大学を決めるポイントのひとつにしましょう。
それから、トイレ。
いきなり生活感のある話になりますが、意外に重要です。
古い大学校舎の理工学部は女子トイレが少ない場合があります。少ないだけならいいのですが、ひとけのない、端っこの方にぽつんとあったりして、しかも非常ベルが設置していない、となればあまり宜しくありません。大学は意外に色々な人が出入りできる場所です。学生にもろくでもない人間がいます。残念ながら、理工学部の女子トイレには痴漢や盗撮の可能性があります。私自身も一回、隣の個室の下の隙間から鏡が出てきて、慌ててトイレを飛び出した経験があります。このときは、痴漢の閉じこもった個室を蹴ったり、上から水をかけたりしましたが、埒が明かず、誰も助けに来てくれなかったので、人を呼びに行った隙に窓から逃げられてしまいました。
今は非常ベルが個室内に設置されているトイレが多いですが、古い校舎、田舎の校舎だとまだ設置されていないところもあります。オープンキャンパスに行ったときに、女子トイレの安全性が確保されているかもチェックしてください。
次は研究室の構成やお金(研究室がどれだけ予算持ってるか)の話をしたいと思います。
これも大学に入ってみないとわからないと思いますが、あらかじめ知っておくと大学のサイトで研究室のページを見たときに役に立つと思うので。
ロボットの犬を蹴る動画についての可否を問うニュースを見た。
それが犬に見える(似せている)以上は非人道的ではないかというのが否定派の意見だ。
尤もだ。私だって、蹴られたのがぬいぐるみだったらかんかんになって怒るだろう。
だがしかし、ロボットである。
しかも作ったのは例の気味の悪いことでは世界第二位の(あくまで個人的意見だし、世界第一位が例の関西の某ヒューマノイドだなんておそろしくて決して言えない)BigDogを作ったボストン・ダイナミクス社である。
そりゃぁ蹴るだろう。
だって、蹴っても倒れないように重心を制御するのが彼らのロボットの特徴であり、自慢なのだから。
そのロボットが犬に見えるかどうかなぞ関係ないんだよね。
勿論、彼らはロボット犬が憎くて蹴っているわけではない。
思いっきり蹴れば蹴るほど、そしてそれに耐えれば耐えるほど、かわいくて仕方ないだろうと思う。
「ほら、見て!こんなに蹴ってもダイジョウブ!」
ってどこかの物置の宣伝みたいに聞こえるが、要はそういうことだ。
ロボットには痛覚が無い。
私たちはそのことを知っている。
だから蹴っても別に痛いなんて思わない。
そのうえ、蹴られることをつらいと思う心もない。
蹴られることがつらいと思うのは、それが痛みをともなうだけでなく、憎しみをともなう暴力だからだ。
生きているものは痛覚と心を持っている。
私たちはその痛みと心に共感する想像力を持っている。
その想像力を持ってして、はたしてこのロボットが犬に見えるだろうか。
最初は見えないひとの方が多いだろう。
でもいずれほとんどのひとがこのロボットを犬ないし何かしらのいきものだと思うだろう。
そう思ったとき、蹴られた痛みを人は共感する。同情する。
この想像力に裏打ちされた共感こそ、人を人たらしめているものであり、よく言われるように「人の痛みがわかる」人間であるには必須の感情だ。
だから、この動画は物議を呼んだ。
研究者からすれば、実に明快にこのロボットの性能の高さを証明している動画だが、けっして一般向けではない。
たとえば子供が見て、がんばって立とうとしているものを蹴り飛ばす行為を良しと学んでしまう、そんな可能性を想像するくらいの力が研究者にだってあって然るべきだ。
だって、研究者はこの世界にないものを想像するのが仕事なのだから、想像力は十二分に備えているはずだ。
しかし残念なことに、多くの研究者が一般的な想像力を持ち合わせていないのもまた事実。
狭い世界で研究に没頭するあまり、人の心を想像するという最も基本的で、最も重要な想像力を忘れてしまった研究者は決して少なくない。
そして、おそろしいことに、自分の作り出した技術が未来の子供たちにどう影響するかを想像できない研究者も多い。
やっていいことと、できることは、違う。
研究者が忘れがちな、けれどとても重要な事。
結論
・研究者が作った動画はおうおうにしてヤバイ。子供に見せるな。
・ロボットには心がない。けれど人にはロボットにさえ痛みを共感できる心がある。それはとても幸いなことだ。
・ぬいぐるみは蹴るな。
それが犬に見える(似せている)以上は非人道的ではないかというのが否定派の意見だ。
尤もだ。私だって、蹴られたのがぬいぐるみだったらかんかんになって怒るだろう。
だがしかし、ロボットである。
しかも作ったのは例の気味の悪いことでは世界第二位の(あくまで個人的意見だし、世界第一位が例の関西の某ヒューマノイドだなんておそろしくて決して言えない)BigDogを作ったボストン・ダイナミクス社である。
そりゃぁ蹴るだろう。
だって、蹴っても倒れないように重心を制御するのが彼らのロボットの特徴であり、自慢なのだから。
そのロボットが犬に見えるかどうかなぞ関係ないんだよね。
勿論、彼らはロボット犬が憎くて蹴っているわけではない。
思いっきり蹴れば蹴るほど、そしてそれに耐えれば耐えるほど、かわいくて仕方ないだろうと思う。
「ほら、見て!こんなに蹴ってもダイジョウブ!」
ってどこかの物置の宣伝みたいに聞こえるが、要はそういうことだ。
ロボットには痛覚が無い。
私たちはそのことを知っている。
だから蹴っても別に痛いなんて思わない。
そのうえ、蹴られることをつらいと思う心もない。
蹴られることがつらいと思うのは、それが痛みをともなうだけでなく、憎しみをともなう暴力だからだ。
生きているものは痛覚と心を持っている。
私たちはその痛みと心に共感する想像力を持っている。
その想像力を持ってして、はたしてこのロボットが犬に見えるだろうか。
最初は見えないひとの方が多いだろう。
でもいずれほとんどのひとがこのロボットを犬ないし何かしらのいきものだと思うだろう。
そう思ったとき、蹴られた痛みを人は共感する。同情する。
この想像力に裏打ちされた共感こそ、人を人たらしめているものであり、よく言われるように「人の痛みがわかる」人間であるには必須の感情だ。
だから、この動画は物議を呼んだ。
研究者からすれば、実に明快にこのロボットの性能の高さを証明している動画だが、けっして一般向けではない。
たとえば子供が見て、がんばって立とうとしているものを蹴り飛ばす行為を良しと学んでしまう、そんな可能性を想像するくらいの力が研究者にだってあって然るべきだ。
だって、研究者はこの世界にないものを想像するのが仕事なのだから、想像力は十二分に備えているはずだ。
しかし残念なことに、多くの研究者が一般的な想像力を持ち合わせていないのもまた事実。
狭い世界で研究に没頭するあまり、人の心を想像するという最も基本的で、最も重要な想像力を忘れてしまった研究者は決して少なくない。
そして、おそろしいことに、自分の作り出した技術が未来の子供たちにどう影響するかを想像できない研究者も多い。
やっていいことと、できることは、違う。
研究者が忘れがちな、けれどとても重要な事。
結論
・研究者が作った動画はおうおうにしてヤバイ。子供に見せるな。
・ロボットには心がない。けれど人にはロボットにさえ痛みを共感できる心がある。それはとても幸いなことだ。
・ぬいぐるみは蹴るな。