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出来ぬ事を成就
じょうじゅ
するのはそれ自身において愉快である。吾
われ
一箇でも、金田の内幕を知るのは、誰も知らぬより愉快である。人に告げられんでも人に知られているなと云う自覚を彼等に与うるだけが愉快である。こんなに愉快が続々出て来ては行かずにはいられない。やはり行く事に致そう。
 向う横町へ来て見ると、聞いた通りの西洋館が角地面
かどじめん
を吾物顔
わがものがお
に占領している。この主人もこの西洋館のごとく傲慢
ごうまん
に構えているんだろうと、門を這入
はい
ってその建築を眺
なが
めて見たがただ人を威圧しようと、二階作りが無意味に突っ立っているほかに何等の能もない構造であった。迷亭のいわゆる月並
つきなみ
とはこれであろうか。玄関を右に見て、植込の中を通り抜けて、勝手口へ廻る。さすがに勝手は広い、苦沙弥先生の台所の十倍はたしかにある。せんだって日本新聞に詳しく書いてあった大隈伯
おおくまはく
の勝手にも劣るまいと思うくらい整然とぴかぴかしている。「模範勝手だな」と這入
はい
り込む。見ると漆喰
しっくい
で叩き上げた二坪ほどの土間に、例の車屋の神
かみ
さんが立ちながら、御飯焚
ごはんた
きと車夫を相手にしきりに何か弁じている。こいつは剣呑
けんのん
だと水桶
みずおけ
の裏へかくれる。「あの教師あ、うちの旦那の名を知らないのかね」と飯焚
めしたき
が云う。「知らねえ事があるもんか、この界隈
かいわい
で金田さんの御屋敷を知らなけりゃ眼も耳もねえ片輪
かたわ
だあな」これは抱え車夫の声である。「なんとも云えないよ。あの教師と来たら、本よりほかに何にも知らない変人なんだからねえ。旦那の事を少しでも知ってりゃ恐れるかも知れないが、駄目だよ、自分の小供の歳
とし
さえ知らないんだもの」と神さんが云う