こんにちは!
先日は母の日でしたね!
僕の母にも、新しく母になった姉にもプレゼントをしてみました!
手伝ってくれた友達もありがとう!
と家族が笑うのが大好きな僕ですが、
今回は一番何を書くか悩んだ内容を更新します。
私的で申し訳ないのですが、
家族に対してメッセージを残させてください。
よろしくお願いいたします。
まず家族のみんな、
これまで本当にありがとう。
みんなが支えてくれていなかったら、
僕は退院後2年も生きられていないよ。
ありがとう。
今回だけ、
父をおとう、母をおかあ、姉を姉さんと呼びます。
まずは姉さん。
本当に言いたいことだけど、
絶対に幸せになれよ!!!
姉さんは僕の病気発覚の半月ほど前に婚約して、
そして、今では子供もいるよね。
僕がする話はだいたい暗く聞こえちゃうから、
そういう幸せな一面を父母も感じていないとバランスが取れないよ。
もちろんそんな目的ではないけど、
姪っ子の健やかな成長が一番テンション上がる話なのは事実だから、
どうかどんどんと幸せになっていってください!
姉さんを病気と絡めるようで申し訳ないけど、
僕が一番驚いたのは、あなたの優しさです。
MRI画像から“何か”が脳内にある、と言われた2年前の正月、
弟が心配で、仕事が手に付かなくて、
家に帰ってきてくれたよね。
それで初めて姉弟で抱き合ったよね。
あの時からみたいだけど、
僕のことを全部知ってくれてるみたいで、
本当にありがとう。
はじめて聞いたら、
九分九厘の人が話を聞きたくないはずなのに、
「全部教えて。」
って言ってくれることは、
弟として本当に有難いよ。
毎月のように、MRI画像の診断結果や検査入院の結果なんて、
本人以外知らなくてもいいのに、
ありがとうね。
おしゃべりな割に口下手なおかあから聞いたけど、
優しすぎるよ。。。
だって、結婚も出産も、僕とは一切関係ないのに、
「いいのかな…?」
って言ってくるっていわれたよ。。。
幸せな話だってないと、うちの家も暗くなっちゃうし、
僕はその3倍くらい暗くなっちゃうし……
誰も「幸せになる権利」みたいなものは侵害していないはずだから、
どんどん幸せになっておくれ!!!
たまに話すけど、
僕は姉さんのせいで反抗期を持てなかったから、
本当に優しい人だとは思ってなかったんだ。
僕が小学生の時に衝撃だったけど、
単身赴任のおとうへの姉さんの反抗期は激しすぎたよ。
そのせいで、おとうにドライブに連れていかれて、
それで父が泣く姿を初めて見たよ。
そりゃあおとうに泣いてほしいとは思わなかったから、
脳内で「子供が反抗⇒父が涙」になっちゃったせいで、
単線思考の僕はもう反抗もできなかったよ。。。笑
でも、もう一度言うけど、
本当にあなたは優しい。
だから、その優しさで、
僕らの親を産んでくれた祖母たち、もう居ないけど祖父たち、
産んでくれたおかあ、育ててくれたおとうに感謝の心は忘れずに、
新しい家庭でもみんなに幸せを配っておくれ!!!
絶対、幸せになれよ!!!
お義兄ちゃんにも負担をかけると思うけど、
よろしくね!!!
次はおかあかな。
まず、おかあに言いたいのは、
日々不安や緊張感を抱えさせてしまって、ごめん。
毎日の家事がある上で、
おかあもおかあで大変な病気と闘っているのに、
僕だけが大変……みたいな顔をしていてごめんね。
それなのに、毎日のトイレへの移動とか、お風呂への移動とかで
一切面倒臭そうな顔を見せずに、
真剣に僕の足の運びやバランス感覚を支えてくれて
ありがとう。
でも、僕は唯一、ひとつだけ許せないことがあるよ。
それは、あなたのよく言う、
「健康な子に産んでやれなくてごめんね。」
なんだよ。
ここからは僕だけの考えで、まだ誰にも話していないから、
突っ込みどころだらけだけど、言わせてもらうね。
僕はいたって健康に産んでもらいました。
むしろ非常に健康で、楽しい生活をさせてもらったと思っています。
だからこそ、炎天下の中でもサッカーができたし、
スポーツも基本的には難なくできました。
この病気にかかって、最初に感謝を覚えたのは、
全身麻酔ができた時です。
水頭症の時も、開頭手術の時も、全身麻酔だったけど、
全身麻酔で手術する上で必要なことの一つに、
虫歯がないことがあったよね。
もしあの瞬間に全身麻酔が使えなければ、
手術することもなく、歯の治療が始まって、
ただ病気に蝕まれていく体や脳を見るしかなかったんだよ。
あなたは僕が子供の頃からずっと言っていたよね。
「歯は大事だから、自分できれいに磨けるようになりなさい。」
そのおかげか、
どれだけ磨けていないかを調べる小学校の検査の日に、
え!めちゃピンク残ってるじゃん!って申し訳なく思ったのを覚えているよ。
これは、奇跡に限りなく近くて嘘っぽいけど、
僕が受けてきた治療には必ず付いて回った副作用が、
正直に言えば、本当に苦しんだんものは一度もなかったんだよ。
たぶんこれは本当に奇跡みたいなもので、
そんな患者さんは絶対に少ないんだよ。
例えば、まず初めに受けた標準治療としての抗がん剤や放射線。
言われていた副作用のうち、発現したのは脱毛くらいで、
ほとんど何にも悩むことなく退院できちゃったよね。
さらに、記憶新しい約半年前のサイバーナイフ治療。
あんなに担当医が「絶対に出る」と言っていたしゃっくりだけど、
それもほぼ出なかったじゃん。
あんなに担当医は「夜寝られなくなっちゃうから大変ですよ。」と言っていたのに、
それを一度も感じずに退院できて、
その治療の効果も十分にもらえたよ。
そんなこんなで、大学も卒業して、
しっかり社会人としてスタートできたでしょ!
だから、「健康に産んでやれなかった」はないぞ!!!
そうじゃなくて、「せっかく健康に産んでやったのに」って言ってくれよ!!!
“大人”になるのが遅かった社会人が僕なんだよ。
残念だけど……。
だから、もう自分を責めるようなことは終わりにしてくれ!!!
そうじゃないと、あなたはまた免疫力を下げる。
僕の頭に“何か”がある、と診断を聞いてすぐに、
おかあがインフルエンザになったのは、僕の中では大傑作だよ。
もうそうしたことはなしにしようよ。
だから、健康な子を産んだことをしっかり自認して、
一人の“大人”を世に送り出した母として、
どうか自信を持ってください!
でも最後にもう一度。
あなたは僕にとって最高な母親だよ。
ありがとう。
最後はやっぱり、おとうだね。
おとうにもまず感謝から。
毎朝起きたての僕が階段を降りるのを、
全身でサポートしてくれてありがとう。
そして毎晩お風呂に浸かりたい僕が、湯に浸かるところ、
そこから出るところ、そして僕を風呂場から引き揚げてくれて、
そのすべてにありがとう。
もちろんそれだけじゃ感謝したい場面が全然足りないんだけどね。
おとうに一番感謝しないといけないのは、
あなたが元気で居てくれること、
これに尽きます。
もちろん僕は無収入だし、
今のおかあは働いてはいなくて収入がない。
姉貴も他の家に嫁いだから実家には住んでいない。
となると、僕が一番難しいと思うのは、
日々の体調に合わせて僕が生活することを支えること、
です。
今ではもう一人では到底歩けない状態で、
階段を降りるだなんて、
できるはずもありません。
それを可能にしてくれているのは、
確実におとうのおかげです。
本当にありがとう!!!
階段を降りることを例に挙げると、
くだらないことにしか聞こえないけど、
僕が動けるかどうかは、僕が「生きる」うえでとても重要なんです。
既に田舎での実家暮らしを始めている僕は、
通院のたびに東京に行く必要があります。
新幹線で東京に行くことが多くありますが、
そのホームに向かうまでにある実家の階段や駅のエレベーター、
そして何より、押してくれる車椅子と大変なことばかりです。
さらに、平日に仕事を休んで、
診察にも何度となく来てくれて、
本当に助かっています。
でも、診察だ治療だなんだよりも、
僕が一番ありがとうと言いたいのは、
友達に会うだけの時でも車椅子を押してくれること
です。
僕はまだ親という存在になれたことがないので、
実感として理解はできませんが、
子供がやりたいようにできる体制を作ることが、
僕の親の教育方針のひとつのはずです。
その最たるものがおとうの送迎です。
今はほとんど中長距離を歩けなくなってしまった僕ですが、
ひとつの趣味は友達との会話と言えると思います。
基本は、どうでもいい話しかしていませんが、
本当にたまにいい話ができることもあります。
誰かに会って、誰かの考えを聞いて、それを自分の中で咀嚼して、
取り入れるべきところは取り入れるし、
自分から話をしたい人に会って、話をする、
そうしたことが僕は大好きで、
友達に限らず、上司や先輩後輩など、
誰に対しても同じです。
ですが、それを達成するためには必ず付き纏う問題があるんです。
それが僕の移動です。
車椅子での生活を中心としている僕にとって、
そして、
人と会うことを最高の幸せにしている僕にとって、
自由に動いて、目的地に辿り着けないと、
誰とも会えないので、楽しくないんです。
なので、本当におとうには感謝してもしきれません。
ありがとうね。
そして言っておきたいことがまだあります。
それは元気で居てくれることに関わっていて、
毎日出勤して、お金を稼いでくれること
です。
僕は現在休職中で、収入が一切ありません。
なのに、田舎で生活をしていて、
通院のたびに車椅子を押してもらって、
東京にある病院へ通っています。
病院では、脳腫瘍の治療や経過観察としての頭部MRI画像撮影をしているので、
簡単に言えば、少しお金がかかります。
なので、おとうに働いてもらったお金で生活しているのが、僕です。
本当に申し訳なく思っているよ。
それが結構な心苦しさをもたらしているんだ。
おとうは朝イチから僕を1階に降ろしてくれるのに、
だいたい1時間もしないうちに、
出勤してくれます。
そこで稼いでくれたお金を、
自分の趣味とか投資とかに使ってくれればいいのに、
すべて家族のために使ってくれます。
僕の場合は、医療費や通院代に変わってしまいます。
いつもごめんね。
ただ、言っておかないといけないことが一つ。
どうか家や土地は残しておいてください。
これもまたおかあから聞いたけど、
僕が東京で開頭手術をしている最中に、
家族内でおとうは言ってくれたみたいだね。
「家を売ってでも絶対に俺は息子を治す。」
家族とはいえ、これは素直に嬉しい言葉だよ。
そんなに簡単に“君は家を保有するより価値がある”と言ってくれる人はいないもん。
本当にありがとう。
でも、家を売ることだけはしないでください。
もし僕がお空に逝ってしまっても、
住所が違えば、みんなの顔を見に行くこともできないし…、
というのは、少しファンタジー染みた話なので、
しっかりと本音を載せておきます。
本音を言えば、
お金を出せばいくらでも治療法を見つけられるかもしれないけど、
そこまでして見つけた治療法も、きっとただの延命措置に過ぎないよ、
ということです。
たっぷりとお金を出せば、苦しみの原因、
僕の場合は、歩けないという症状の原因、
が高確率で判明し治せるならば、やりたい!とは思ってしまうよ。
でも症例も少ない病気で、
主治医がMRI画像や脊髄のデータを見て「説明がつかない」といった症状に向けて、
これからも頑張ることは僕にはできないんだ。
弱い人間でごめんね。。。
で、特におとうに言いたいのは、
僕が奇跡を起こせる人間だと信じないでほしい。
僕は、一般的な25歳の男で、
そんな中、希望を持ち続けないと奇跡は起きないぞ、
と言われても、そんなに現実から目を背けているの…?!
と思ってしまうんだ。
だって、現実的な見方をすれば、
僕の運動失調は再発と言われた2017年5月から続いていて、
もう約2年間も全く上向かないんだもん。
高次脳機能障害の時は、確かに少し良くなったかもしれないけど、
もしかしたら筋力を付けて、
顕著に分かりやすい症状にさせなかっただけかもしれないし…
本当に僕は普通の人間で、奇跡を望めないんだ……
確かに僕も毎日のように、奇跡が起きて病気が治ったらいいのに!!!
って思ってしまうよ。。。
でも、一度としてそんな兆候は現れないし、
それを頼りに生き続けるのはきついよ………
こればかりは、日本や世界のお医者さんの研究を見守るしかないんだよ。。。
そう思ってしまうのは本心からだから、
それはあまり止めないでください。
では、ここからは意志表明をさせもらうね。
僕は一度も自分から、家族の金食い虫になりたい、
と言った記憶はありません。
今の時点で言えば、高校まで地元にいたけど、
大学から私立に行って1人暮らしを始めて、
さらに奨学金で生計を立ててきたよ。
そんな中、大学3年生~4年生にはアメリカに留学していて、
どう考えても日本にずっと居た方が安かったと思う。
だから、学生をしている間はお金のかかる息子、
社会人になった途端に借金持ちなんだよ。。。
でも、現在、主治医の病院では、入院しても歩けない原因を教えてくれません。
そこで僕は決断しました。
もう脳の治療はしません。
基本的に病院に行くことはありません。
これまでずっとお金をもらってきたうえに、
借金まで負わせるんだから、もうお金をかけて原因を探しに行く必要はないさ。
さすがにインフルエンザに感染していると疑いを持ったら、
家族に迷惑だから行こうとは思いますが。
そうする理由のうち、かなりの部分は上で書けてはいるけど、
改めて、書いておくね。
“敵”が誰なのか分からない道を進み続けられるほど、
僕は強くないから、です。
たまにおかあとふざけてるようにやっているけど、
最期が来たら無理に生かさないでね、
という意味で、何らかのコードを抜くようなポーズを取っているでしょ。
そこで抜いているのは、人工呼吸器のような大事な機械の電源のようなものを指していて、
本当にそうしてくれるように、とやっていたよ。
まだ原因が分かっていたら諦めないかもしれないけど、
もう頑張ることの無意味さにも気が付いたし、
これまで思い描いてきた“脳外のエース”としての夢であった、
「僕のグレードの脳腫瘍の5年生存率を0.01%でも上げて、
他の同じ病気の患者さんが少しでも明るく事実を受け止められる病気にする」
は、僕の夢として持ち続けません。
僕のことを応援してくれる友達は、
思いのほかたくさんいてくれて、
本当に有難い限りです。
でも、僕がいなくなって生活が変わるのは、
友達ではなく、家族です。
だから、ここに記しておくね。
とはいえ、何によって僕は人生を諦めるのか、
そして、その症状に効く治療法はあるのかくらいは、
生きている間に聞いておきたいところもあります。
なので、がんセンターにセカンドオピニオンをもらってみようと思っています。
そのために尽力してくれた会社のマネジャーかつ高校の先輩、
ありがとうございました!
ほぼ最後に、姉さんは知らないだろう話をしておくね。
昨年末と今年4月におとうとおかあと僕の3人で真剣に話したことがあるんだ。
話の主題は、「僕はどうしたいか」だったんだ。
そこで、さすがにそればかりを毎日考えている僕は、
「早く死にたいよ…。」
「何でかは分からないけど、
病気はまだ僕を殺してはくれていない。」
「まだ『あ、今日寝たら朝には死んでるかも』って感じはしないんだよね。」
って素直に言ったんだ。
ごめんね、これだけは言えなくて。
おかあは分かってくれて、僕の気持ちを理解してくれたけど、
何となくおとうは少し違う気もするんだ。
僕が人工呼吸器を付けられるような時、
もし両親が夫婦間で意見が割れたら、
姉さんも僕の意志を尊重してね。
そして、本当の最後に謝りたいことが。
僕がこれまで「近々会おう」とか約束をしてきましたが、
これからはあまり約束はできません。
きっと会える!と信じていますが、
約束を自分から取り付けるのは止めたいと思います。
本当に謝らないといけないのは、
「最後くらい看取ってあげるよ。」
と言ってしまった両親に対してなのですが。。。
そして、万が一僕に何かあっても、
笑うことだけは忘れないでくれ。
では、次回はセカンドオピニオンの結果等を書きます。
また次回もよろしくお願いいたします。
