豊かな人生を送るための道標~激動の世の中を正しく生き抜くために~ -17ページ目

豊かな人生を送るための道標~激動の世の中を正しく生き抜くために~

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、道標となるような情報を発信します。

それでは、一体どうやって『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄すればよいのでしょうか?

人間観察力を身に付けましょう。

人間ウォッチングをしてください。他人に関心を持つということを常に心掛けてください。

練習方法の一例です。
⇒通勤、通学電車のなかでスマホばかり見ていないで、他の乗客を気付かれないように観察してみてください。そして想像でも妄想でもよいのでそのひとの良いところ(良さそうなところ)を見つける努力をしてみてください。外見でも仕草でもたたずまいでもよいです。間違っても悪いところ、否定的な部分を見つけてはいけません。人間はとかく悪いところを見つけがちですが・・・。そこはぐっとこらえて、良いところを見つけるようにしましょう。

他のシチュエーションでも構いません。とにかく人間ウォッチングをして、そのひとの良いところを見つける訓練をするのです。スーパーやデパートなどひとがたくさん集まる場所が理想的です。

そして、家や職場、学校などで自分に接点のあるひとにそれを応用するのです。自分の周りにいるひとの良いところを見つける努力をしてください。そういう観点でひとと接していると、自ずと愛情や感謝の氣持ち、そのひとを思いやる心が芽生えてきます。次第に『愛』と『感謝』と『思いやり』の心が深まってくるのが実感できます。

 

なぜ、『愛』と『感謝』と『思いやり』が必要なのでしょうか?

それは、現在、日本が抱える問題のひとつである少子化の対策の一助にもなるからです。

少子化は大問題です。

⇒子供が増えないと年金生活のおじいちゃんおばあちゃんばかりになって、若い世代への社会保障の負担が増える一方でどんどん苦しくなっていきます。

⇒人口が減ると消費者が減り、消費市場がどんどん縮小し、経済が衰退してしまいます。

⇒労働人口が減ると、ひとりあたりの労働の負担がどんどん増大してしまい、重労働化してしまいます。

他にもたくさん問題がありますが、少子化は百害あって一利なしです。

政府は、少子化対策として、女性の活用をメインテーマに掲げ、各企業への働きかけや保育関連施設の充実などを推し進めています。

しかし、設備や環境を整えただけで少子化が解決するでしょうか?いいえ。それだけでは無理です。根本的なところを変えなければなりません。外的な環境よりも先に心の中の問題を解決しなければいけません。

若い人たちが家族をつくりたい、家族を増やしたいと思えるようにする必要があります。

その手助けとなるのが、『愛』と『感謝』と『思いやり』の心を深めるということです。

『愛』と『感謝』と『思いやり』の心が深まると誰かと繋がっていたい、繋がっているひとを増やしたいと思えるようになります。そして、結婚や出産をするカップルが増えて、少子化対策の礎となるのです。
 

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、持ち合わせておかなければならない最も大切なものは何でしょうか?

それはお金でも金品でも宝石でもありません。

最も大切なものは、『愛』と『感謝』と『思いやり』です。

人間の感情、氣持ち、情念は良くも悪くも蓄積されます。悪い方では「積年の恨み」といった不氣味な言葉がありますが、良い方の『愛』と『感謝』と『思いやり』も当然、蓄積され、貯蓄できます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄することで、豊かな人生を送ることができます。


それでは、一体どうやって『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄すればよいのでしょうか?

まずは、大切なひと、大切なものを見つけましょう。

あなたの大切なひとは誰でしょうか?あなたに大切なひとはいますか?
あなたの大切なものは何でしょうか?あなたに大切なものはありますか?

家族。親族。恋人。友人。職場の同僚。学校の同級生。部活やサークルの仲間。アイドルなどの芸能人。ひとに限らないかもしれませんね。ペット。コレクション品。釣り道具。ゴルフ道具。自動車。バイク。自転車。家具。土地家屋。マンション。などなど。

どんなひとでもどんなものでも構いません。自分が大切だと思うひと、自分が大切だと思うものを見つけてください。

そして、既に持っているひとも含めて見つかったひとは、
そのひとまたはものを魂の底から愛しましょう。
そのひとまたはものが自分にとって大切であるということに魂の底から感謝しましょう。
そのひとまたはものを四六時中、気に掛けましょう。思いやりましょう。やさしくいたわりましょう。

そうすることで『愛』と『感謝』と『思いやり』の心が深まります。

 

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、持ち合わせておかなければならない最も大切なものは何でしょうか?

それはお金でも金品でも宝石でもありません。

最も大切なものは、『愛』と『感謝』と『思いやり』です。

人間の感情、氣持ち、情念は良くも悪くも蓄積されます。悪い方では「積年の恨み」といった不氣味な言葉がありますが、良い方の『愛』と『感謝』と『思いやり』も当然、蓄積され、貯蓄できます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄することで、豊かな人生を送ることができます。


なぜ、『愛』と『感謝』と『思いやり』が必要なのでしょうか?

少し大袈裟かもしれませんが、生きる意味を見つけるためにもなるからです。

昨今のような閉塞感満載の世の中で、生きる意味、いわゆる生きがいというものを見い出せないひとが多いのではないでしょうか?そして、何とかしなければと思っても、何をどうすればよいのかわからないというのが現状ではないでしょうか。

そこで、私がおすすめしたいのが、『愛』と『感謝』と『思いやり』の心を深めるということです。

『愛』と『感謝』と『思いやり』の心を深めるということと生きる意味、生きがいを見つけるということとは一見、繋がりが無いように思えますが、そうではありません。

生きる意味を見つけるということは、自分自身を正面から純粋な氣持ちで見つめ直さなければいけません。そのためには、頭の中、心の中をきれいな状態に浄化する必要があります。

頭の中、心の中の浄化の方法のひとつとして有効なのが、『愛』と『感謝』と『思いやり』の心を深めるということです。

誰かを愛し、誰かから愛され、誰かに感謝し、誰かから感謝され、誰かを思いやり、誰かから思いやりを与えられることで純粋になれます。心身ともに浄化されます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』の心を深めることで必ず生きる意味が見つかるのかというと、そうならないケースがあるかもしれません。けれども何もしないよりは遥かにマシです。

とにもかくにも『愛』と『感謝』と『思いやり』の心を深めてクリーンな状態で自分を見つめてみましょう。真剣に取り組むと必ず何かが見えてくるはずです。

 

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、持ち合わせておかなければならない最も大切なものは何でしょうか?

それはお金でも金品でも宝石でもありません。

最も大切なものは、『愛』と『感謝』と『思いやり』です。

人間の感情、氣持ち、情念は良くも悪くも蓄積されます。悪い方では「積年の恨み」といった不氣味な言葉がありますが、良い方の『愛』と『感謝』と『思いやり』も当然、蓄積され、貯蓄できます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄することで、豊かな人生を送ることができます。


それでは、一体どうやって『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄すればよいのでしょうか?

多重人格者になりましょう。

といっても、変な意味ではありません。

まず、自分自身の人格とは別に空っぽで枠組みだけの人格を自分のなかにいくつか用意しておきます。(もちろん、そういうイメージを持つということです。)

それを、家族や友人をはじめ、自分と接するひとの人格を一時的に保管する場所に使います。

そして、相手の話をじっくりと聞いて(←これ重要ポイントです)、相手が何を考えているのか、何を感じているのか、自分のこととして考え、感じてください。

ひとの身になって考えるとか、相手の立場になって考えるというのと同じようなことです。

これにより、相手の痛みが分かるようになります。そうすれば、相手が嫌がることをしなくなります。

これにより、相手が喜ぶことがわかるようになります。そうすれば、相手が喜ぶことをするようになります。

自分自身の人格とは別に空っぽで枠組みだけの人格を自分のなかにいくつか用意するということは、相乗効果として、心に余裕を持って生きるということにも繋がります。

ぜひ、実践してみてください。『愛』と『感謝』と『思いやり』の心が深まります。

 

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、持ち合わせておかなければならない最も大切なものは何でしょうか?

それはお金でも金品でも宝石でもありません。

最も大切なものは、『愛』と『感謝』と『思いやり』です。

人間の感情、氣持ち、情念は良くも悪くも蓄積されます。悪い方では「積年の恨み」といった不氣味な言葉がありますが、良い方の『愛』と『感謝』と『思いやり』も当然、蓄積され、貯蓄できます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄することで、豊かな人生を送ることができます。


なぜ、『愛』と『感謝』と『思いやり』が必要なのでしょうか?

それは最終的になりたい自分になるためです。

こんなお話があります。

****************************
「天国と地獄の話」
天国にも地獄にも食べ物は同じ分量、たくさんの食べ物があります。
天国でも地獄でも、みんな ま~あるい テーブルを囲んで座り食事を始めるのですが、その時両者とも1メートル以上もある長い長い箸を使って食べなければならないのでした。
天国でも地獄でもその条件は全く同じなのでした。
ところがいざ食事を始めるとなると、天国と地獄ではその箸の使い方に大きな違いがありました。
地獄にいる人はそのなが~い箸を使って一生懸命食べようとするのですが、箸があまりにも長すぎるために、なかなか思うように食べ物を自分の口まで運ぶことができません。
益々躍起になって自分で自分の口まで食べ物を運ぼうとするのですが、躍起になればなるほどうまくいかず、食べ物はポロポロポロポロと下に落ちるばかりでした。
ですから地獄にいる人達はいつまで経ってもおなか一杯になることはできず、いつも空腹の状態に苦しまなければなりませんでした。
一方、天国にいる人達はいつもおなか一杯の満足感を味わい、幸せを感じながら過ごしていました。
天国にいる人達は、そのなが~い箸を決して自分のためには使わなかったのです。
そのなが~い箸で食べ物をつまむと、その箸を自分の正面に座っている相手に向かって差しだし、「あなたからどうぞ」と言って相手の口元まで自分の箸を運ぶのでした。
テーブルを囲むお互いがみんな同じように、「あなたからどうぞ」という箸の使い方をしています。
相手のために働かせる箸をみんなが持っているのでした。
決して自分のために使う箸ではなかったのです。
相手のために自分を働かせることによって、相手もまた自分のために働いてくれる。
天国ではそういうことが自然に行われているのでした。
ですから天国にいる人達はいつもおなか一杯で、幸せいっぱいなのでした。
****************************

この意味わかりますよね。

自分からではなく、まずは相手からなのです。相手のために働くのです。そうすれば、いつか必ず自分に戻ってきます。好運がもたらされます。なりたい自分になれます。冒頭で「最終的に」と付けたのはこういう理由からです。

相手のために働くには、『愛』と『感謝』と『思いやり』の心を深めることが最重要課題となります。

 

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、持ち合わせておかなければならない最も大切なものは何でしょうか?

それはお金でも金品でも宝石でもありません。

最も大切なものは、『愛』と『感謝』と『思いやり』です。

人間の感情、氣持ち、情念は良くも悪くも蓄積されます。悪い方では「積年の恨み」といった不氣味な言葉がありますが、良い方の『愛』と『感謝』と『思いやり』も当然、蓄積され、貯蓄できます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄することで、豊かな人生を送ることができます。


それでは、一体どうやって『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄すればよいのでしょうか?

見返りを求めないということを心掛けましょう。

誰かに愛情を与えるときに「これだけ愛したんだから、同じくらいかそれ以上愛して欲しい。」と要求しないようにしましょう。

誰かに親切にするときに「してあげている」と思わないようにしましょう。

誰かを思いやるときに「自分も思いやって欲しい」と期待しないようにしましょう。

見返りを求めたり、押し付けをしてしまうと、せっかくの素晴らしい行為や思いの価値が下がってしまいます。

見返りを求めてそれが無かった場合に相手に悪い感情を抱いたりするひともいますが、これでは逆効果で、むしろ何もしない方がマシです。

親が子どもを慈しみ愛するときは無償の愛といって決して見返りを求めません。それと同じで、誰かを愛したり、親切にしたり、思いやるときもこの無償の愛の精神で取り組むのです。

そうすることにより、自分も相手も心地よくなり、『愛』と『感謝』と『思いやり』の心がどんどん深まり、蓄積されます。

 

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、持ち合わせておかなければならない最も大切なものは何でしょうか?

それはお金でも金品でも宝石でもありません。

最も大切なものは、『愛』と『感謝』と『思いやり』です。

人間の感情、氣持ち、情念は良くも悪くも蓄積されます。悪い方では「積年の恨み」といった不氣味な言葉がありますが、良い方の『愛』と『感謝』と『思いやり』も当然、蓄積され、貯蓄できます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄することで、豊かな人生を送ることができます。


なぜ、『愛』と『感謝』と『思いやり』が必要なのでしょうか?

それは希望に満ちた明日を生み出すためです。

突然ですが、夜寝るときに「ああ~朝が来なければいいのに。ずうっと夜のまんまだったらいいのに。このままベッドで眠り続けたいなあ。」とか、朝目覚まし時計がなると、「起きたくない。ベッドから出たくない。学校、会社に行きたくない。」と思うことはありませんか?

嫌なことがあったときはもちろんですが、嫌なことが無くてもこんなふうに思うことが多いんじゃあないでしょうか?

ところが、世の中が『愛』と『感謝』と『思いやり』に満ち溢れていたらどうでしょうか?

たぶん毎日が楽しくて楽しくてしょうがないという氣持ちになるのではないでしょうか?

夜寝るときに「早く明日が来ないかなあ。」と思えたり、朝もひょっとしたら目覚まし時計よりも早く目が覚めるかもしれません。小学生のときの遠足の当日のようにワクワクした氣持ちで飛び起きる。そんな日が毎日訪れるでしょう。

ちょっと想像しただけで嬉しくなりませんか?

私はすべてのひとにとって、明日が『愛』と『感謝』と『思いやり』に満ち溢れて希望に満ちた1日であって欲しいと願ってやみません。

 

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、持ち合わせておかなければならない最も大切なものは何でしょうか?

それはお金でも金品でも宝石でもありません。

最も大切なものは、『愛』と『感謝』と『思いやり』です。

人間の感情、氣持ち、情念は良くも悪くも蓄積されます。悪い方では「積年の恨み」といった不氣味な言葉がありますが、良い方の『愛』と『感謝』と『思いやり』も当然、蓄積され、貯蓄できます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄することで、豊かな人生を送ることができます。


それでは、一体どうやって『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄すればよいのでしょうか?

不要なものを捨ててください。

と言ってもガラクタやごみの類(たぐい)ではありません。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を深めるうえで邪魔になるものを捨てましょう。いわゆる世間一般で言うところのネガティブな感情です。

例えば・・・。

●怒り ●憎しみ ●悩み ●不安 ●悲しみ ●不信感 ●猜疑心 ●恐怖心 ●嫌悪感 ●無意味なプライド ●偏見 ●エゴ ●必要以上の欲(=強欲) ●嫉妬心 ●先入観 ●寂しさ ●差別的な考え方

などなど。挙げていくとキリがありませんね。

自分に照らし合わせてみて、既に捨てたものや元々持っていないものはスルーして、今の自分にあるもので『愛』と『感謝』と『思いやり』を深めるのに弊害となっていると思われるものをどんどん捨てていってください。(注)一度捨てたものは絶対に拾い直さないように!!!

なかには簡単に捨てることが出来ないものがあるかもしれませんが、出来る限り捨てる努力をしてください。一気に全てを捨て去る必要はありません。出来るものからで良いです。難しいものは時間を掛けても大丈夫です。

とてもスッキリしますよ。

そして、そのあとに『愛』と『感謝』と『思いやり』の心が残るはずです。

 

激動の世の中を正しく生き抜くために、豊かな人生を送るために、持ち合わせておかなければならない最も大切なものは何でしょうか?

それはお金でも金品でも宝石でもありません。

最も大切なものは、『愛』と『感謝』と『思いやり』です。

人間の感情、氣持ち、情念は良くも悪くも蓄積されます。悪い方では「積年の恨み」といった不氣味な言葉がありますが、良い方の『愛』と『感謝』と『思いやり』も当然、蓄積され、貯蓄できます。

『愛』と『感謝』と『思いやり』を貯蓄することで、豊かな人生を送ることができます。


なぜ、『愛』と『感謝』と『思いやり』が必要なのでしょうか?

それは困っているひとを助けることが当たり前の世の中になって欲しいからです。

先日、スーパーで家内と買い物をしていたときにこんなことがありました。

レジで精算待ちをしていると、ひとつ前に手押し車を持っているお婆さんが精算をして貰っていました。

私は身長が180cmですが、そのお婆さんは腰が曲がっていて私の半分くらいの身長でした。

で、精算済みのカゴをレジ打ちの店員さんが親切に(?)そのお婆さんの手押し車の上に置いてあげた後、支払いが終わったようで、お婆さんは袋詰めをするコーナーへ精算済みのカゴが載った手押し車を押して進んでいきました。

次は私達の精算の番です。精算が終わって袋詰めをするコーナーへ進んでいくと、さっきのお婆さんが何もできない状態で立ち往生していました。

私は見かねて自分たちの分の袋詰めは家内に任せて、お婆さんに「お婆ちゃん、どうしたの?」って声を掛けました。どうやら袋詰めをしたいけど、袋詰めコーナーのテーブルがお婆さんにとっては高すぎて精算済みのカゴを手押し車からテーブルの上に持ち上げられなくて困っていたようです。私たちの精算が終わるまでですから、3~4分は立ち往生していたでしょうか?

そこで、私はお婆さんの精算済みのカゴをテーブルの上に載せてあげてさらに袋詰めをして、手押し車の上に載せてあげました。お婆さんは喜んでくれて何度も御礼を言ってくださり、帰っていきました。

聴くと、家はそのスーパーから近いとのことでしたが、家内とふたりで、「大丈夫かなあ?」と心配しつつ、「ところで、あのお婆さん、俺たちが居合わせなかったら、どうなっていたんだろうか?普段はどうしているんだろう?」といろいろと余計なことまで心配してしまいました。

ここで、何が言いたいのかと言うと、私は、こんなときにこのお婆さんのような状況にあるひとを周りにいるすべてのひとが気に掛けたり、間髪入れずに手を差し伸べたりするようなそんな世の中になって欲しいなあと魂の底から思うのです。

ですから、この地球が『愛』と『感謝』と『思いやり』に満ち溢れた世界になって欲しいと願ってやみません。