本日より仕事再開です。
ゴールデンウィークは5/2を休んで5連休でした。
5/1
京都で一人暮らしをしていた大学生の娘が、アパートを引き払って実家から通学するというので、息子と引越しをしてやりました。

自家用車と会社の軽トラで息子と二人で山科まで向い、ほとんど息子一人に運ばせ昼には無事大阪まで帰ってきました。
これからは風呂の時間や洗面所の取り合いでドタバタあわただしくなるのでしょうなあ・・・
5/2
朝起きたら何もすることがないのでフラっと車に乗ったら中国道が空いているというので、西へ向かうことに・・・

どこに向かうのだろう?
さぁ、風にきいてくれ・・・

昼過ぎに広島に到着。
やはり原爆ドームです。
その後平和記念資料館へ。
広島には中学生の修学旅行で来たきりで、多分その時も原爆ドームも平和祈念資料館も来てるはずだけど、ほとんど内容は覚えてなくて、ここ数年、各国の紛争の悲しい現実や、安保改悪の問題などに触れて、もう一度来てみたいとずっと思っていました。
資料館の中の展示物はすべて、心に楔を打たれるような悲しみと怒りの現実がありました。
各所のボランティアの方々の語り部を深く聞き入っては怒りと悲しみに震えてしまいました。

特にこの展示物の語り部には聞き入ってしまい、当時の様子が蘇ってくるような錯覚さえも感じさせられました。
爆心地の頭上にこんな大きな光の球が爆発し、その爆風と熱線で半径2キロ内にあるすべての建物を吹き飛ばし焼き尽くしたそうです。
火の玉の左側に広島城のお堀が見えますが、その爆風で天守閣も一瞬に吹き飛ばされたそうです。

これが実際に広島に投下された原子爆弾「リトルボーイ」の実物大です。
結局平和祈念資料館を出たのは夕方で、3時間以上資料を見たり読んだり話を聞いたりしていました。
博物館に行くとこうなるので家族は誰も一緒についてきません。
さて夕方、、時間がないけど大和ミュージアムへと呉に向かいましたが、もう5時をまわっていてあまり時間をかけて見れない様子。
あぁ、こんなことなら宮島に行けばよかったのかなぁ・・・
仕方ないので潜水艦が見えるところがあるというので見に行くことに。

いやいや、潜水艦どころか戦艦もいっぱい泊まってますね。
さすが、呉は海軍の街ですなあ・・・
そして呉は造船の街でもあるんですなあ。

こちらもスゴイ景色です。
でっかいタンカーがドックに入って造船中です。
こんな景色はなかなか大阪では見れないので、ちょっと興奮気味にしばらく眺めていました。
さてそうこうしてるうちにだんだん暗くなってきましたが、当然宿の予約をしてるわけもなく、明日大和ミュージアムを見るために、今夜は車中泊です。
しかし呉の街はいろいろ面白いですね。
繁華街から少し離れたところのパーキングに入れてプラプラしていると、小さな川沿いに博多のような屋台が並んでました。

サイコーです。
ゆっくり呉のお酒を堪能して、早めに車内に戻りました。
5/3

戦艦大和です。
やはり呉は海軍造船の街で、戦前、戦中は造船景気に沸いたそうです。
しかし、やっぱり戦艦大和は日本人の魂とか象徴のような事を言うけれど戦争の道具には変わりありません。

人間魚雷「回天」。
この中に操縦士と爆弾を載せて、アメリカ戦艦を駆逐したのです。
当時の指揮官はよくこんな発想をし、命令したものです。
命より大切なものはないのです。
前日の平和記念資料館や大和ミュージアムを見て深い悲しみと怒りがこみ上げてきます。
そういってる今でも世界中で戦争が起こっているけれど、日本は二度と戦争をしてはいけないのです。
戦争の悲惨な現実を目のあたりにしながら、結局大和ミュージアムでも半日すごし、もっとゆっくり瀬戸内近辺をゆっくりしたかったのですが、もう帰らねばと・・・
せめてしまなみ海道をゆっくりわたって、四国をまわって夜遅く大阪に帰りました。
5/4
娘が橋本市にある美肌の温泉に行きたいというので、日帰り温泉へ。
橋本市から九度山がすぐ近くにあるので真田ミュージアムに行けるなと密かに目論んでおりました。
嫁と、娘が温泉に入ってる間に行こうかなと・・・
しかし、二人を温泉に降ろして九度山方面に行くと、やはり真田フィーバーに沸く小さな九度山町は大渋滞とすごい人出で街中に一歩踏み入れてしまえば身動きとれなくなりそうで引き返して犬と紀ノ川の河原のんびり遊んでました。

いい天気なので、犬ものんびり川から吹く風を感じながら歩いております。

ふと見つけたたっぷりの草を思いっきり食っとります。
・・とまあこんな感じな自由気ままな連休でした。
仕事再開、がんばっていこう!
It's easy
笑っていこう!
富と豊かさが怒涛のように皆様のもとに来ますように!
大阪市西淀川区、淀川区、西区、中央区、豊中市、尼崎市でリフォーム工事を展開するリフォームワーク
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